幸せな二人と幸せな僕と彼

 

 左右田君の恋が、終わりを告げた。


 彼の好きだったソニアさんが、田中君とくっ付いてしまったからだ。
 こうなることは判っていた。
 ソニアさんは、彼を男として見ていなかったから。田中君ばかりを見ていたから、こうなることは誰の目にも明らかだったんだ――彼本人も含めて。
 結果が判り切った、勝ち目のない闘いを、彼はずっと挑み続けたのである。何日も、何十日も、何百日も――只管に挑み続けたんだ。
 そして――彼は恋に破れた。叶わぬ恋に恋した彼は、無惨に残酷に敗北したのである。

「――左右田君」

 ぐすりと鼻を啜り、彼が力無く床に座り込んで居る。俯いている所為で、顔は見えない。

「左右田君、こんなところで何をしているの?」

 本当は判っている。彼は独りになりたくて、独りで泣きたくて、学園の屋上に来たことを。
 だけど僕は知らない振りを、気付かない振りをする。
 僕の策略がばれないように。

「狛枝こそ、何でこんなところに来たんだよ」
「僕? 僕は此処から見える景色が好きだから、よく来るんだよ」

 嘘ではない。僕は此処から眺める街の景色が好きなんだ。
 希望に満ちた学園の天辺から、地上に蔓延る有象無象を見下ろすのは、とても晴れやかな気分になる。
 ゴミ屑みたいな才能ではあるけど――僕は有象無象の人間共とは違うんだと、再確認することが出来るからだ。
 僕は有象無象じゃない。希望と共に――彼と共に在る資格がある人間なんだと。

「ほら、左右田君も見てみなよ。何の才能も価値もない、烏合の衆が這い摺り回る姿をさ」
「お前って性格悪いな」
「そう? 僕は僕の欲望に忠実なだけだよ。超高校級の君達に迷惑が掛からないようにはするけどね」
「そうかよ」

 ふと、彼が顔を上げた。涙で濡れた躑躅色の瞳が、夕焼けの朱で赤みを増して僕のことを見据えている。僕のことを、じっと見詰めている。
 あまりにも綺麗で、どきりと心臓が跳ねた。

「――なあ、狛枝。俺、ソニアさんに振られちまった」

 唐突に、彼が語り出した。振られたことなんて、もう知っているけど――僕は知らない振りをする。

「そうなんだ」
「田中の野郎とくっ付いちまった。あんな変人と」
「そうなんだ」
「俺の方が、絶対ソニアさんを、幸せに、出来るのにっ」

 ぐすぐすと、彼はまた泣き始めてしまった。自分の殻に閉じ隠るように、外敵から身を守るように身体を丸め、ぐすぐすと泣いている。
 僕は彼の傍に寄り、隣に座り込んだ。コンタクトが取れるんじゃないかというくらいに泣いている彼を、僕は優しく抱き締めてみた。彼は目を見開き、驚いた様子で僕を見ている。

「な――何、を」
「左右田君。君なら確かに、ソニアさんを幸せに出来るよ。君は超高校級のメカニックという才能があるんだもの。将来は誰よりも素晴らしいメカニックとして活躍し、輝かしい功績を挙げるだろうしね」

 でもね――と囁きながら、彼の身体を引き寄せる。

「ソニアさんじゃあ、君を幸せには出来ないよ」

 彼は見ている。悲しそうに、苦しそうに、僕のことを見詰めている。僕はにこりと笑い、彼の涙を指で拭った。

「だって彼女は、君を泣かせてばかりじゃないか。現に君は、彼女の所為で泣いている」
「そ、れは」
「僕なら、君を泣かせないよ」
「――えっ?」

 目を丸くしている彼の唇に、僕は触れるだけのキスをする。彼は身体を強張らせて、はぁ――と力無い吐息を漏らした。

「ねえ、左右田君。僕なら絶対に君を泣かせないよ、ずっと傍に居る。絶対に君を、裏切ったりしない」

 ずっと傍に居る、裏切らない――彼に一番効果的で、絶対的な言葉を投げ掛ける。
 調べに調べた彼の過去。親友に裏切られて、見捨てられた彼。そんな彼が一番欲しい言葉を、僕は惜しむことなく撃ち込んだ。

「左右田君、僕は君が好きなんだ。愛しているんだよ。僕は君を泣かせない、独りにしない、ずっと君の傍に居るよ」

 震える彼の身体を抱き竦める。逃がさないように、逃げられないように、強く強く抱き締める。

「――お前も俺も、男じゃねえか」
「それがどうしたの? 恋愛に性別なんて関係ないと思うよ」

 彼の呼吸音が、心音が、すぐ傍に在る。服越しに伝わってくる彼の体温が、僕の温度と混じり合う。
 嗚呼――何て幸運なのだろう。こうしているだけでも、僕は幸せだ。

「――狛枝、本当に、俺のこと、好きなのか?」

 途切れ途切れの震える声で、彼が縋るように僕へ問い掛ける。
 もう少し。
 あと、もう少しだ。焦ってはいけない。

「うん、好きだよ」

 真剣に誠実に、自分の想いを伝える。彼は困惑した表情を浮かべているけれど、僕には判る。
 あともう少しで、彼は僕のものになると。

「――こ、狛枝。本当に、俺なんかが」
「好きだよ」

 自虐に疾ろうとする彼の言葉を遮り、今度は深く彼の唇にキスをした。唇で唇を食み、舌で優しく擽ってあげれば――彼は泣きそうな顔をしながら口を小さく開け、僕の背中に手を回して縋り付いた。


 ほらね、手に入った。


 開かれた唇の隙間に舌を滑り込ませ、彼の口内をじっくりと堪能する。歯列を確かめるように歯肉を撫で、催促するように舌先で彼の舌を突けば、彼は身を戦慄かせ、恐る恐る僕の舌に舌を絡めた。
 傷心の人間に付け入るなんて最低最悪の行為だけど、僕は僕の欲望に忠実だから――彼を手に入れる為なら、どんなに汚い手だって使うよ。


 田中君とソニアさんの仲が進展するように、陰でこっそり手伝ったりとかね。


 何の問題はないでしょう?
 田中君もソニアさんも、幸せになれたんだからさ。
 その結果、彼は恋に破れてしまったけれど――こうして僕と一緒になれるんだから、良いじゃない。
 僕は絶対に彼を泣かせないよ。悲しませない。独りにしない。優しく包み込んで、ずっと傍に居続ける。
 だって僕は、彼を愛しているから――。

「――左右田君、好きだよ」

 蕩けた表情で僕を見詰める彼に愛を囁き、僕はにこりと笑ってみせる。すると彼はぎこちなく笑い返し、一滴の涙を零して僕の胸に縋り付いた。

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