哀れな覇王様は闇の中で耐え忍ぶ
俺様はただ、ちょっとした興味で入っただけなのである。
何かを盗もうとか、壊してやろうとか、驚かせてやろうなどとは、一切考えていないのだ。
悪いことなどするつもりは全くないのだ。
そんなつもりで入った訳じゃあないのだ。
なのに、なのに――。
なのに何故、こんな目に――。
――――
遡ること数分前。
俺様は自分の寮部屋に帰る為、廊下を歩いていたのである。そしてその道中、俺様の友人である左右田和一の部屋の扉が開いていることに気付いたのだ。
左右田の部屋には何回か行ったことがある。機械の部品が散乱し、ごちゃごちゃしていて足の踏み場もない部屋だ。しかし真新しい物があり、なかなか面白い部屋でもある。
なので俺様は、つい部屋に入ってしまったのだ。興味本位というか、好奇心というか――兎に角、部屋に入ってしまったのである。
中は相変わらずごちゃごちゃしていたが、やはり珍しくて面白い物が沢山あった。また破壊神暗黒四天王の玩具造りを頼もう――と思った時、部屋の外から声が聞こえたのだ。
左右田和一の声が。
俺様は焦った。不法侵入をやらかしている自分を自覚していたので、かなり焦りまくったのである。このままでは在らぬ疑いを掛けられてしまうと。
そして焦り過ぎた俺様は、とんでもないことをやらかしてしまった。
部屋のクローゼットに駆け寄り、中に入って隠れてしまったのである。
今思えば、隠れずに堂々と厨二病全開にしていれば――と、非常に悔やんでいる。俺様は悔やんでいる。泣きたいくらいに悔やんでいる!
――話を戻そう。
クローゼットに隠れた俺様は、何も見えない暗闇の中で、只管に息を殺してじっとしていた。
ばれては拙いと、身動ぎもせずにじっとしていたのである。
そして、部屋に左右田と――狛枝凪斗が入ってきたのだ。クローゼット内なので見えないが、声で判ったのである。
「――左右田君、相変わらず部屋が凄いね。片付けようよ」
「うっせえなあ。在るべき場所に在るんだよ、勝手に弄んな」
「そうなの? 何か明らかなゴミが床に」
「っだああああっ! それはゴミじゃねえよ! 触んなって、馬鹿!」
などという、何とも微笑ましい会話だったのだが――俺様は困惑した。それは何故か?
左右田和一は、狛枝凪斗が苦手な筈だったからである。
狛枝の自虐的思考と希望や才能に固執する異常性が、臆病で小心者な左右田に苦手意識を植え付けたのだ。
本人も「狛枝は苦手だ」と言っていたし、それに間違いはなかった――筈だった。
それなのに、会話だけ聞いていると普通の友人同士のようで――俺様は困惑したのである。
苦手な相手と談笑出来る程、左右田は器用ではない筈だ。だからきっと、嫌々談笑している訳ではない筈なのである。
何だか左右田が自分の知らない人間になってしまったような気がして、俺様は悲しくなった。
なので、クローゼットから飛び出して、いつもの厨二病を全開にしてやろう――と思った矢先、事態が急転した。
「――和一」
狛枝が、左右田を「和一」と呼んだのである。
狛枝は基本的に、人を名字で呼ぶ人間だ。俺様のことは「田中君」と呼ぶのだ。君付けで呼ぶのである。
なのに狛枝は、左右田の名前を呼び捨てで呼んだのだ。聞き間違いじゃない、確かにそう呼んだのである。
何事かと狼狽していると、またしても俺様を混乱させることが起こった。
「――凪斗」
左右田が、狛枝を「凪斗」と呼んだのである。
左右田も基本的に名字で相手を呼ぶ人間なのだ。名前で呼んでいるのは、名字が長いソニア・ネヴァーマインドくらいで――名前で呼ぶことはまずない。
しかし、聞き間違いじゃない。確かにそう呼んだのである。確かに「凪斗」と言ったのだ。
どういうことかと混乱しまくっていると――ぎしりと、何かの軋む音がした。
「和一、良いよね? もう僕、我慢出来ないよ」
「んっ、待てって凪斗。まだ――んんっ」
やけに甘ったるい二人の声と、衣擦れの音が微かに聞こえ――無駄に勘の鋭い俺様は全てを悟った。
此奴等、そういう関係なのかよおおおおおおおお――と。
――――
そして現在、俺様は地獄よりも過酷な隠密行動を強いられている。強いられているんだ!
何が過酷って、ばれないようにじっとしていることと――。
「――んんっ! あっ――凪斗ぉっ、んっ――あぁっ」
「あはっ。可愛いよ、和一」
何か凄まじいことを行っているであろう二人の、喘ぎ声やら水音やら寝台の軋む音に対して耐え忍ばなければならないことである。
正直泣きたい。俺様超泣きたい。
耳を塞げば良い――と思ってさっき塞いだが、完全には防音出来なかった。それどころか、音がくぐもって余計卑猥に聞こえたので止めた。
「あっ、は――あぁっ、凪斗っ、んっ」
「気持ち良い?」
「んっ、ぅあっ――き、気持ち、良いっ。凪斗っ、もっと、もっとしてぇっ」
ぱっちゅんぱちゅんだか、ぐっちゃんぐちゃんだか、何か粘着質な水音が聞こえ、ぎしぎし何かが激しく軋む音が聞こえて――もう、死にそう。
何が死にそうって、俺様の理性が。
恥ずかしながら、この異常事態に段々興奮してきてしまって、股間のグングニルがズボンを押し上げているのである。
ノーパンの所為で、ズボンが悲惨なことになっている始末。俺様は死にたい。死にたい!
「う、ふぅぅっ――んんっ! あっ、凪斗っ、やらぁっ、そこ、やらぁっ!」
「嫌じゃない癖に、嘘は良くないよ和一」
「あぁっ、らめらって! もう、もう――」
「――僕も、もうっ」
水音と軋む音が鳴り止んだ。
判りたくないが判る、逝ったのか。貴様等、逝ったのか。
二人の荒い息遣いだけが聞こえる。何か生々しい。やだ。お家帰りたい。俺様お家帰りたい。
「――凪斗ぉっ、もっかい、しよ?」
おい。
「あはっ。勿論だよ、何回でも――沢山してあげるからね」
おい。
おい。
いや、本当止めてください。もうぎしぎしあんあん聞きたくないです。
第二ラウンドとか俺様求めてないです。堪忍してください。
「んんっ――あっ、凪斗ぉっ――ふっ、あぁっ」
「もっと感じて、僕を――僕を感じて」
うわああああああああ第二ラウンド突入うううううううう天元突破ああああああああっ!
もう駄目だ、俺様堪えられない。股間のグングニルが反応しまくって死にそう。
しかし、しかし此処で自慰は――ああっ! お家に帰りたい! お部屋に帰って扱きたい!
俺様だって人間だもの、ゲイじゃないけど! 男同士って判っていても――何かこう、むらむらしてしまうではないか!
俺様悪くない! 悪いのは淫らな二人だ! 学生という身分でありながら、こんな厭らしいことをしていただなんて――けしからん!
お天道様が許しても、不滅の煉獄にして箱庭の観測者! 黄昏を征きし者、田中眼蛇夢は許さんぞ!
だがしかし――欲望には勝てなかったよ。
俺様はズボンのファスナーを下げ、グングニルを外界へと解放してやった。
このクローゼットがら空きだから、飛ばさなきゃ大丈夫だろう。幸いにもポケットティッシュはあるので、これに出してしまえば何とかなる筈だ。俺様超賢い。
さあ扱いてすっきりするか――と思った瞬間、こんこんとクローゼットを叩かれた。
叩かれた。ノックされた。誰に?
あの二人しか居ないだろう、この部屋。
ちょっと待って、何で?
そういえばクローゼットの外が静かだぞ?
おかしいなあ、喘ぎ声とか何処へ逝ったのかなあ――。
「――田中、居るんだろ?」
クローゼットの扉が、勢い良く開かれた。
其処に居たのは左右田と狛枝だったが、二人共服を着ているし、平然とした顔で立っていた。
あれ?
「あ、あれ? き、貴様等、さっきのは」
「は? えっ、まじで騙されてやがったのか? ちょっ、馬鹿かよ此奴! 演技だよ演技! 音もそれっぽく口で鳴らして、ベッドでぴょんぴょん跳ねて――おまっ、何を勘違いしてんだよ! ぎゃははははっ!」
「あはっ、まさか本当に引っ掛かるなんて――ふふっ! ちょっ、ふふふっ――ごめんっ、あははははっ!」
愉快そうにからからと笑い出す二人を、俺様は呆然と見詰めることしか出来なかった。
騙す? 演技? 引っ掛かる?
まさか――。
「きっ、貴様等ぁっ! 俺様を謀ったなぁっ!」
「引っ掛かる方が阿呆なんだよ、ばぁぁぁっか! 大体、勝手に俺の部屋へ入って隠れていたお前が悪い!」
「うっ――それは、すみません」
それを言われると、何の反論も出来ません。
「あはっ。まあ良いじゃない、許してあげたら。でも、クローゼットからストールが食み出してたのは――ふふっ! あれで隠れてるつもりだったなんて、あははははっ!」
「あれは傑作だったな! ばればれだっつうの! あっ、田中が居る――ってすぐ判ったし! けけけっ」
ストール食み出てたのかよおおおおおおおおっ!
だからばれたのか。糞っ、恥ずかしい! 恥ずかしい!
「あははは――あぁあ、面白かったぁっ。さて、田中君。もうクローゼットから出てきたら? 其処って狭いでしょ?」
「つうか俺の服がハムスター臭くなるっつうの! 早く出ろ!」
――あっ。
や、ば、い。
「――ふ、ふっ。左右田よ、貴様以前に狛枝は苦手と漏らしていたではないか。いつからそのような友好関係になった」
「あ? ああ、最近かな。ちょっと怖いけど、話してみたら案外ノリが良くって――って、話を逸らすなっつうの! 早く出ろって!」
あかん、左右田さん、今はあかんねん。
俺様のグングニルがね、ぽろりしてんねん。察して、頼むから。
「田中君。君のような希望が、そんな薄暗いところに引き隠るのは間違っているよ! ほら、早く光の当たる場所に、希望が溢れる光に導かれるべきなんだ!」
狛枝が俺様の腕を掴み、ぐいと思い切り引っ張った。
もやしだと思っていたのに、案外力があって――俺様はクローゼット内から引き摺り出された。
股間丸出しで。
「――へ、変態だああああああああっ!」
狛枝が絶叫し、俺様の腕を離して2mくらい飛び退いた。凄いな跳躍力。
「そ、そんな! 希望の一人である田中が――花村君と同じ変態だったなんて! 左右田君、逃げよう! 掘られちゃうよ!」
掘らねえよ綿毛頭!
「お、俺様は――」
「――田中」
やけに真面目な声音で、左右田が俺様の名を呼んだ。
何だ、表情も真剣だぞ。何、怖い。此奴顔怖いから尚更怖い。
「そ、左右田? お、俺様はゲイじゃ――」
「――お前ってノーパン派なのかよ!」
えっ、其処ですか?
「左右田君、其処じゃないよ! 突っ込みがずれてるよ! 田中君の聳り立つ御立派様! 御立派様を見て!」
「お前髪は縞模様なのに陰毛は黒かよ!」
「それも違うよ!」
「お前結構でかいもん持ってんだな!」
「最早突っ込みじゃないよ! 褒めてるよ!」
何だかよく判らない応酬が繰り広げられている訳だが――俺様、どうしたら良いのだろう。
それから一時間。俺様はよく判らない二人の応酬を、グングニル丸出しのまま正座して聞いていた。
その後、俺様は二人へ必死に訴え掛け、何とか変態疑惑は解けたものの――翌日から、二人に距離を置かれるようになってしまった。
偶に二人が此方をちら見しながら「黒い」とか「巨根」とか話しているのが聞こえるので、俺様のライフポイントはもう0です!
いじめは駄目、絶対!
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