お揃いにしたいのは

 そもそもの切っ掛けは、桑田怜恩が放った言葉であった。


 ――左右田さん、ピアスってそれしかないんすか?
   もっと空けましょうよ、俺みたいに。
   左右田さんならマキシマムに似合いますって。
   ねえ、空けさせてくださいよぉ。つうか空けさせろください。
   一個だけで良いから! 一個だけで良いから!


 最終的にはお願いなのか脅迫なのか判らない勢いだったが、桑田は何度も何度も頼み込み、重たい左右田の首を漸く頷かせる結果に至ったのである。
 そして現在、左右田和一は危機に立たされていた。

「左右田さん。ほら、舌出して舌」

 ピアッサーを片手に持った桑田に、寝台へ押し倒されているからである。
 騙された――と、左右田は深く絶望した。
 耳に穴を空けるものとばかり思っていたのに、まさか舌だなんて――。

「――ふ、巫山戯んなぁっ! 誰が舌に穴なんざ空けるかぁっ!」
「大丈夫っすよぉ、痛いのは一瞬! ほら、俺も空けてますし」

 そう言って桑田は舌を出した。その舌には、紛れもない金属製のピアスが付いている。
 だがしかし、そんなことは左右田には関係ない。嫌なものは嫌なのだから。

「そ、そういう問題じゃねえんだよ!」
「じゃあどういう問題なんすか」
「舌は危ねえだろ! 刺したらやべえ筋とか血管あるし!」
「大丈夫っすよ、ちゃんと血管も真ん中の筋も避けますから」

 意地でも退く気はないのか、桑田はピアッサーをがちがち鳴らしながら、左右田の唇に指を這わせて――にかっと、爽やかな笑顔を浮かべた。
 桑田に悪気はない。悪気はない――だからこそ悪質だと、左右田は痛感する。悪気も悪意もない、純粋に「穴を空けたい」だけなのだ。
 だからと言って、素直に応じてやる筋合いなどはない訳だが。

「い、や、だ!」
「何でっすか! 意味判んねえっす! 舌ピアスってマキシマムかっけえっすよ?」
「恰好良いとか恰好悪いとかって問題じゃねえんだよ! そういう痛そうなのは嫌なの! あと不便そうだし!」
「慣れれば不便じゃないっすよ」
「お願い届いて、俺の思い。そして受け入れて、俺の願い」

 折れそうになる意思を立て直し、左右田はきっと桑田を見据える。生来からの凶悪な顔付きな所為か、見据えられた桑田は一瞬びびって肩を跳ねさせた。

「桑田ぁっ、俺はそういうの怖いんだよ。耳のピアスすらも何回空けるのを躊躇したか判んねえくらい、そういうの怖いんだよ。だから舌とか、絶対無理。俺のチキンハートが死ぬ、死んじゃう」

 うるうると、凶悪面には似つかわしくない涙を浮かべて、左右田が弱々しい声音で訴える。
 これが愛らしい女性なら、同情を買うことも出来ただろう。しかし――悲しい哉。悪人面の男が泣いても、非常に残念な絵面にしかならない。
 だが、その残念さが逆に同情を買ったのか――桑田は漸く、ピアッサーをがちがち鳴らすことを止めた。

「そんなに嫌っすか?」

 酷く寂しそうに、表情を曇らせながら桑田が呟く。そんな桑田を見て、左右田は困惑した。
 何故桑田が此処まで舌ピアスに拘るのか、左右田には判らなかったからである。何故そんな顔をするのか、そんなに穴を空けたいのか。左右田には何も判らない。
 だから左右田は、臆病な自分を押し込んで尋ねた。判らないまま「嫌だ」と拒絶することを良しとしなかったのである。

「何で、そんなに舌ピアスさせたがるんだよ」

 桑田から目を逸らしながら、左右田が質問をした。もし桑田が某殺人鬼であったなら「質問を質問で返すな」と憤慨しているところだが――そんなことはないので、桑田は普通に答えを返した。

「お揃いにしたいなって、思ったんすよ」

 ぽつりと、自嘲気味に桑田が言う。

「何つうか、こんなに仲良くしてくれる先輩って今まで居なかったし。俺的には左右田がマキシマム好きっつうか、だからお揃いとかやってみたいっつうか――とにかく! 俺は左右田さんが好きなんすよ!」

 じっと、左右田は桑田を見据えた。その鋭い眼光で睨まれた桑田は一瞬怯むも、しっかりと左右田を見据え返す。
 嘘は言っていないと、左右田は感じた。しかし、桑田の発言が支離滅裂で理解出来なかった。唯一判ったのは、お揃いにしたいということだけである。
 だが左右田は、舌に穴を空けたくはなかった。先程も述べたように怖いからである。
 しかも舌という、一般的ではない部位に穴を空けるなんて――恐ろし過ぎて、想像するだけで左右田は泣きそうだった。もう既に半泣きだが。
 しかし、桑田の想いを――友情を蔑ろにすることは、左右田には出来なかった。
 こんなにも慕い、好きだと言ってくれている後輩を突き放すことは、左右田には出来なかったのである。顔は悪人そのものではあるが、内面はなかなかの善人なのだ。お人好しとも言うのだが。
 故に左右田は、桑田に対して妥協を促した。

「あの、さ。お揃いにすんのは良いんだけどよう――舌じゃなくて、耳にしてくんねえ?」

 一回――右と左なので二ヶ所だが――空けたことのある耳ならば、まだ恐怖を我慢出来ると踏んだのである。
 桑田の目的は、あくまでもお揃いな筈。舌でなくても良いと考えたのだ。しかし――。

「――舌が良いんすよ」

 その考えは、脆くも崩れ落ちた。

「え、えっ? 何でだよ。お揃いなら、舌じゃなくても」
「舌が良いんです! だって――」

 だって、キスした時に触れ合えるじゃないっすか――そう囁いた桑田は、左右田の唇に自分の唇を重ね、ピアスの付いた舌を左右田の口内へ捩じ込んだ。
 左右田和一は驚愕し、そして漸く理解した。桑田の言っていた「好き」が、先輩や友人に対する好きではなく――恋愛対象としての好きであることに。
 だがしかし、理解するのが遅かった。寝台に押し倒されている時点で、左右田はもう詰んでいたのである。
 もっと早く桑田の気持ちに気付いていれば、回避することも出来ただろうし、食われることもなかったのだろうが――何もかもが時既に遅しである。

「――っ、左右田さん。俺、左右田さんのこと、大好きですから」

 愛おしげに身体を撫で回し、恋人にでも囁くように優しく愛を漏らし、ピアス付きの舌で口内を蹂躙してくる桑田に――左右田は考えることを止め、これから先の展開から目を背けるように瞼を閉じた。

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