冒涜的な幸運の始まり

 

 愛を理解した彼と、毎日愛し合うようになったある日――彼が突然子供を産んだ。
 えっ? と一瞬我が目と耳を疑ったが、本人が「子供が出来た」と言って、僕と人型の彼を足して割ったような少年を抱っこしていたので――多分、僕と彼の子供なのだろう。


 ――毎日のように中出ししていた所為なのか?
   まさか異種間で子供が出来るとは思わなかった。


 子供は彼と同じ中身をしていて、彼と同じでどんな姿にも成れるらしい。だから実は僕の子供じゃなくて、彼が自分の仲間を連れて来ただけなんじゃないのかな――なんて思いもしたが、そんなことをしても意味がない。
 子供が居ようが居まいが、僕は彼を捨てるつもりも離すつもりもないし、彼もそんな僕を理解している筈だから、子供という楔を打ち込む必要もないからだ。
 ということは、つまり――やはり僕と彼の子供なのだろう。
 違う生物同士でも子供が出来るなんて、これは奇跡というものなのだろうか。
 正直、僕は感動している。
 一瞬疑いもしたが、彼と子供を成すことが出来て僕は嬉しい。こんな僕にも子孫を残す権利はあったのだと、感動している。
 しかし僕達は、学生という身分な訳で――子供が出来ました、なんて学園にばれたら拙い。
 しかも僕達は男同士だ。本来の彼に性別はないが、戸籍も人型の時も男だ。健康診断の時も、しっかり「男」と判断されるくらいに男なのだ。
 そんな彼と僕の間に子供が出来ただなんて、喩え僕達に似ていても誰も信じないだろう。
 いや、信じないだけならまだ良いが――この子はどうなる?
 孤児として、僕達から引き離されるかも知れない。もしくは正体がばれて、彼共々何処かの怪しい実験施設に連れて行かれるかも知れない。
 それは駄目だ。
 彼も子供も、僕の大事な家族だ。この世で唯一の、大事な大事な家族なのだ。
 幾ら希望溢れる学園であろうとも、希望ある未来の為と言われても――僕は家族を売りたくない。
 ならばどうする?
 どうすれば――。

「――左右田君、どうすれば学園にばれないかな」

 僕には考えられなかった。才能の塊みたいな学園相手に、子供を隠し通す方法が。
 だから僕は聞いたのだ。彼なら――僕とは違う発想と思考を兼ね備えている彼なら、何か良い妙案が浮かぶと思って。
 しかし彼は、にこりと笑ってとんでもないことを宣った。

「もう、ばれてるぞ?」

 えっ――と言う言葉すら出ない。彼は何と言った? もう、ばれている?
 ばれて、いる?

「ば、ばれてるって――な、何で」
「何でって――この学園、至るところに監視カメラが――あっ、狛枝は気付かなかったのか? ほら、あの壁の小さな穴とか」

 彼の指差した壁に走り寄る。壁にへばり付き、じっと目を凝らすと――あった、小さな穴が。普通に生活していたら気付かないであろう、小さな小さな穴が。
 僕には判らないが、彼の言う通りなら――この中に監視カメラとやらが存在しているのだろう。
 ぞっとした。何もかも――彼との情事も、彼の中身も――筒抜けだったというのか?

「あと、部屋の隅とかカーペットの下に、盗聴器が仕掛けてあるぞ」

 笑顔を絶やさず、彼が言う。
 何で笑っていられるのだ、やはり人間じゃないから? 媾う時に見せる恥じらいは、演技だったのか?
 いや、そんなことよりどうしたら良いのだ。ばれているなら、僕達はもう詰んでいるじゃないか。
 逃げないと、彼等が危ない!

「左右田君、逃げよう」
「何で?」
「な、何でって――」
「――今まで黙認していた学園が、今更俺達に何かすると思うか?」

 ずるりと、彼の身体が広がった。
 部屋の床や壁や天井が、真っ黒な液体に覆われる。電灯の明かりが無ければ、何も見えない状態になっていただろう。

「狛枝ぁっ。俺はな、本気を出せば――この学園くらい、簡単に飲み込んじまえるんだよ」

 ぼたぼたと、天井から彼の身体が滴り落ちる。
 そんな中、僕達の子供が僕に歩み寄り、僕の足にしがみ付いてきた。彼によく似た顔で、僕のように微笑んでいる。

「お父さん」

 はっきりと、子供が僕をそう呼んだ。
 彼の中身が収束する。再び人型に戻った彼は、僕を抱き締めて吐息を漏らした。

「大丈夫」

 吐息混じりの言葉を、彼が吐く。

「学園は知ってるんだ、俺が何者なのか。だからこそ、手を出してこない」
「君が、学園を滅ぼす危険性があるから?」
「それもあるだろうけど――別の理由もあるだろうなあ」
「別の、理由? それって一体――」

 何なの――と聞く前に、彼が僕の口を自分のそれで塞いできた。そっと唇を離し、彼が微笑む。

「知らない方が、良いこともあるぜ?」

 どろりと濁った彼の瞳に見入られて、僕は声が出なくなる。言いようのない恐怖を感じながら、僕は無言で頷き――無理矢理笑顔を作ってみせた。
 知らない方が良いのなら、知らないまま終わらせてしまった方が良い。
 それが僕にとっての「幸運」な筈だから。

「狛枝、大丈夫。何も心配しなくて良いんだ。俺達はずっと、ずっと一緒だ」

 彼が僕に擦り寄ってきた。甘えるように、頬擦りをしながら。子供も僕の足に擦り寄り、嬉しそうにはしゃいでいる。


 嗚呼――僕は幸せだ。
 こんなにも素晴らしい家族が出来たのだ、僕は幸せだ!
 愛しい愛しい彼に、愛しい愛しい僕達の子供。今まで得られないと思っていた「家族」が、今此処に在るのだ。
 これを幸福と言わずして、一体何を幸福と呼べば良いのだろう!
 やはり僕は「幸運」だ。こんなにも幸せなのだから!

「――ずっと、ずっと一緒だよ」

 知りたくないことに蓋をして、僕は愛しい二人を抱き締めた。

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