冒涜的な絶望の始まり
僕はいっぱい教えてあげた。
溢れんばかりの愛を詰め込み、彼の中身が垂れ流しにされても、いっぱいいっぱい詰め込んだ。
何ヶ月も、何年も、何十年も。
いつか満たされると、そう信じて。
でも、それは無駄だったようだ――。
「――てけり・り」
彼が鳴く。鳴きながら、僕の身体に伸し掛かっている。どろどろに溶けた不定形の身体が、僕の全身にべったりとへばり付いていた。
緩慢な動きで彼が蠢き、液体が僕の身体を締め付ける。ぎしぎしと、骨の軋む音がした。
「そ、左右田――く、ん」
今にも折れてしまいそうな我が身を無視し、彼に声を掛ける。止めてくれるかも知れないと思ったから。
でも、彼は止めなかった。ばきりという嫌な音を立てて、僕の右足が折れる。
あまりの痛みに絶叫しそうになるも、彼が僕の口を塞いできた所為で、声も上げられない。痛い、苦しい。何故彼は、僕を、こんな――。
「――狛枝」
ずるりと、液体から彼の顔が生えた。彼は僕を無表情で見詰める。
「お前が言ってた『愛』っての、やっぱり理解出来なかったわ」
彼の口が開き、中からだらだらと、涎のように黒い液体が吐き出された。煙草臭い、嗅ぎ慣れた彼の匂いが、僕の肺に染み込んでいく。
「狛枝、時間だ。今のお前の魔力では、俺を拘束していられない」
左足に激痛が疾った。肉が揉みくちゃにされて、骨が、粉々に砕けていく。痛い、彼の身体が、僕を喰い殺そうと、している?
「『愛』は理解出来なかったけど、今まで世話になったことには――感謝している」
右手が潰れた。ぐしゃぐしゃと、身を擦り潰されて、ぐしゃぐしゃに。ぐしゃぐしゃで、肉も骨も爪も、ごちゃ混ぜになって、彼が血を、僕の血を飲んでいる。
「だからな、狛枝。俺と一緒になろ? ずっと、ずっと一緒にさあ」
左手がもぎ取られた。皮を引き千切るように、肉を裂いて、びりびりと、真っ赤な血が、溢れ出ている。僕の身体が、冷えていく、眠い、痛みも麻痺してきた。
自分の心臓の音が、とても五月蠅い。
「――もしかして、これが『愛』ってやつなのかな」
彼はそう呟いて、僕の顔を見詰める。見詰めている?
視界がぼやけてきて、瞼が重く、彼が見えにくい。ああ、もう――。
「――もう、遅いよな」
今更理解しても、俺はお前を食べちまったんだから――彼の声がした時には、僕は闇の中だった。
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