幸運な男はその才能によって彼の者を喚ぶ
僕達の出会いは、必然的であり偶然だった。
出会いは偶然立ち寄った、見たこともない古本屋でのことだ。
如何にも怪しい人間ですと言わんばかりの店主が、僕を呼んでこう言ったのだ。
――お前さん、友達が欲しくないか?
僕は悩んだ。だって僕は、友達が一人も居なかったから。
本当は欲しかったのだけれど、僕の「幸運」という才能は友達にも牙を向くので、ずっと一人で過ごしてきたのである。
おまけに家族も僕の「不運」の所為で居なくなり、天涯孤独と言っても過言じゃない。
そんな僕が、友達が欲しいかと聞かれれば、そりゃあ――欲しいと言いたくもなるじゃないか。見ず知らずの人間だし、本音を吐露しても問題ないと思ったのだ。
欲しいです――そう言った僕に、店主は薄っぺらいノートを一冊渡してきた。
――ノートに書いてある通りにすれば、友達が出来るよ。
そんな馬鹿なと思いつつも、僕はそれを素直に受け取って店を出た。どうせ女子が好みそうな「おまじない」レベルだろうと思っていたから。
でも、実際は「おまじない」どころではなかったのである。
家に帰ってノートに書かれている通りに魔法陣を描き、呪文を唱えると――何と、魔法陣から化け物が現れたのだ。
それは僕に向かって、てけりり――と鳴き、泡立ち粘る真っ黒な身体を蠢かせ、ずるずると這い寄ってきた。
得体の知れない化け物に恐怖した僕は声も出せず、理不尽な展開に対して心の中で叫んだ。
――人間の友達が出来るんじゃなかったのかよ!
そう思った瞬間、化け物は動きを止めた。
どうしたのだと思い、化け物を凝視していると――化け物は色を変え、形を変え、ぬるぬると身体を変形させていき――そして、一人の人間へと姿を変えたのだ。
派手なピンク色の髪と瞳の、やや凶悪な面をした――全裸の男に。
それには思わず面食らい、服はないのと尋ねると、それは一瞬にして身体の皮膚を変化させ、僕が着ているのと同じ服へ変えてみせた。
何にでも変化出来ることに驚きつつも、人間の言葉を理解する、僕に対して好意的と思われる化け物に、僕は大層興味を抱いた。
――ねえ。もしかして、君が僕の友達になってくれるの?
そう聞いてみると、それは――彼はにこりと笑って頷いた。
――――
それからの僕は、毎日がとても幸福だった。
どんな災難に襲われても、彼が僕の「不運」を上回る力で助けてくれたし、彼は片時も僕の傍から居なくならなかった。
僕の「不運」をいとも容易く踏み越えて、僕を幸せにしてくる彼が――何よりも誰よりも大好きだった。
だから金に物を言わせて彼に戸籍も取らせたし、彼の好んだ機械弄りも沢山させてあげたのだ。
希望ヶ峰学園から入学の誘いが来た時も――まさか彼にもその誘いが来るとは思わなかったが――二人で喜び、一緒に学園生活を送れる幸福を噛み締めたのである。
そして現在、僕と彼――左右田和一という名前にした――は、学園の寮で暮らしている。
学園は僕と彼に一部屋ずつ部屋を用意してくれたが――結局彼の部屋は物置と化し、彼は僕の部屋で寝泊まりしている。
一緒に寝て、一緒にご飯を食べて、一緒に授業を受けて、一緒に遊んで――今までと変わらない、僕達の生活だった。
けれど、一つだけ変わってしまったことがある。
それは僕が、友達である筈の彼に――好意を抱いてしまったことだ。
友達としてじゃなく、恋人として――彼を愛してしまったのである。
恐らく僕が望めば、彼は喜んで恋人になってくれるだろう。彼という生き物は「そういうもの」だから。
召喚者である僕の望みを叶えるのが、彼の役割であり存在意義だから。きっと彼は、僕を拒まない。
だけど――だけど、それじゃあ駄目なのだ。僕は彼の意思で、僕を受け入れて欲しい。契約だとか義理じゃなく、彼の意思で選択して欲しいのだ。
僕と友達のままで居るのか、恋人になるのかを。
「――左右田君」
僕の部屋の床に座り込み、機械弄りをしていた彼に声を掛けた。彼はすぐに手を止め、此方を振り向く。
「んだよ、どうかしたか?」
人間らしく振る舞え――そう指示した時から、彼はこのように砕けた物言いをするようになった。でないと彼は、今でも従僕のような振る舞いで僕に接してきていたことだろう。
「ちょっと、聞きたいことがあってね」
そう言ってから僕は彼に歩み寄り、彼の傍に座り込んだ。彼を見詰める。彼もまた、僕を見詰めていた。
「ねえ。左右田君は僕のこと、好き?」
僕が尋ねると、彼はにこりと笑って頷いた。
違うんだ。これじゃない。この反応じゃないんだ。これは僕が求めているから行った反応で、それは僕の求めている反応じゃないんだ。
「左右田君、僕は君の意思が知りたいんだ。君が僕を好きか、本心で応えて欲しいんだ」
彼の肩を掴み、ぐいと引き寄せる。いつでもキスが出来るくらいの距離だ。キス、か。キスしたいな。彼の身体は不定形の液体だけど、人の形をしている時の唇は弾力がありそうだ。
「僕はね、君が大好きなんだ。害悪の塊みたいな僕なんかを守ってくれて、傍に居てくれて、友達になってくれた君を――愛してしまったんだ」
そっと、彼の唇を指でなぞる。柔らかくて、温かい。
「左右田君、もしも君が僕を嫌っていたとしても――それでも構わない。その時は君を解放してあげる。もう召喚もしない。だから――」
だから、僕に中身を見せてよ――そう訴えると、彼は困ったように眉を顰めて頬を掻く。
「本心、と言われても――俺には、そういう感情が理解出来ねえよ」
それだけ言うと、彼はまた機械を弄り始めた。がちゃがちゃという金属音が部屋に響く。がちゃがちゃと、がちゃがちゃがちゃがちゃ。
感情が理解出来ない?
そういう感情?
僕の愛が、理解出来ないの?
こんなにも苦しくて狂おしい感情を、彼は全く理解出来ないの?
人間じゃないから?
化け物だから?
だから理解出来ないというのか?
――そんな筈がない。彼は賢い。僕なんかよりも物を知っている。人間よりも遥かに上の次元に居るのだ。
そんな彼が――人間如きにも判る感情を、理解出来ない筈がない!
「――左右田君」
力を込めて、彼を床に押し倒した。ぐちゃりと彼の破片が飛び散り、床一面が真っ黒に染まって、煙草の吸い殻みたいな臭いが広がる。彼は人の顔をしたまま、困惑した様子で僕を見詰めていた。
判らないの?
本当に判らないの?
本当に、理解出来ないの?
「ねえ。僕如きでも理解出来る感情を、本当に君は理解出来ないの?」
ゆっくりと腕を伸ばし、彼の首に手を掛けた。ぐしゃりと首の肉が崩れ、黒くて粘っこい液体が飛散する。彼は僕を見詰めたまま、困ったように苦笑した。
「理解、出来ねえよ」
僕は辛うじて人の形を保っている彼の頭を掴み、どろどろに溶けた身体から引き上げる。
「じゃあ、教えてあげる」
ちゅっ、と。小さな音を立てて、彼の唇に啄むようなキスを落とした。
彼は吃驚したように目を見開き、何か言いたげに口を開ける。開いた隙間に舌を捩じ込み、彼の口内を堪能した。
苦くて甘い、チョコレートのような味がする。彼は目を細めて、僕を見ていた。じっと、見ていた。珍しいものを観察するように、じっと。
「――っ、左右田君?」
唇を離して名を呼ぶと、彼は莞爾として身体を蠢かせ、粘着質な液体を僕に纏わり付かせた。人よりも強い彼の力で、僕の骨がぎしりと軋む。
「教えてくれるのか?」
ぬるりとした液体が、僕の唇を撫でた。彼は好奇心を隠すことなく、興味深そうに僕を見ている。見ている。僕を、僕だけを。
彼は興味を示したのだ。漸く見せてくれた、彼の本心。
彼は僕の愛に、興味を示してくれたのだ!
「――うん、教えてあげる。いっぱい、いっぱい教えてあげる」
液体に齧り付きながら、僕は口角を吊り上げた。
教えてあげよう。いっぱい、いっぱい教えてあげよう。
僕の愛が彼を満たして、彼の身体がどろどろに溶けていっても、いっぱい詰め込んで詰め込んで詰め込んで詰め込んで――彼の身体の細胞が全て変化するくらいに、いっぱい愛を教えてあげよう。
そしていつか、彼が愛を理解したら――彼の本心を聞いてみよう。好きでも嫌いでも構わない。
どちらにしても僕の愛は、絶対に変わらないから。
「じゃあ――もっと、キスしてみよっか」
僕がそう言うと、彼はにこりと笑って頷いた。
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