名状し難い幸福な終焉
ゆっくりと時間は流れて往き、いつの間にか「田中眼蛇夢」という人間を知る者は居なくなっていた。
這い寄る混沌――左右田に気に入られた俺様は、人間という枠から引き剥がされ、神話生物としてもう数百年は生きている。
見た目は変わっていない。左右田が「田中は田中のままが良いから」と言って、人だった時の姿を維持しているのだ。
「田中ぁっ、今日も人間を狂わせちまった。やっぱりお前みたいに優秀な奴は、そうそう居ねえみたいだな」
俺様の身体に長い腕が巻き付き、左右田が床からぬるりと生えた。左右田は漆黒の肉を泡立たせながら躑躅色の髪を掻き上げ、緋色の骨を撒き散らして身震いをする。
背中から生えた壊れかけの傘のような翼が広がり、どろどろに溶けて床に垂れ落ち霧散した。霧状になったものが集まり、小さな眼球となって宙に浮いている。
「ああ、やっぱりお前が一番だぜ」
浮いていた眼球が全て弾け飛び、黄金色の液体が俺様に付着した。指でそれを掬い、舐めてみる。甘い。
「何だこれは、蜂蜜か?」
「何の躊躇いもなく物を口に含む癖、直した方が良いぜ」
愉快そうにけらけらと笑い、四本の足を器用に組んで椅子へ座る左右田の唇に、俺様は噛み付くような口付けをした。
態と音を立てながら啄んでやると、左右田は気持ち良さそうに目を細め、俺様の背中に腕らしきものを何本も這わせる。
「んっ、んっ――田中っ、もっと」
「何の躊躇いもなく物を口に含んではいけないのだろう?」
そう言ってやると、左右田はあからさまに不機嫌な顔になり、俺様の胸座へ手らしきものを伸ばして、ぐいと引っ張った。
黒緑の強膜に紅蓮の瞳孔が燃え盛り、爛々として空気を捩じ曲げている。どうやら左右田は、本気で不機嫌らしい。
「俺の身体は良いんだよ、含めよ。寧ろ食えよ」
呪詛のように嗄れた老婆の声を響かせながら、左右田は二本に戻した人間の足を広げ、身に付けていた下着を爪で裂いて股を開いた。
其処には人間のものと同じ女性器が在り、ぱくぱくと開閉して俺様を誘惑している。
「なあ、早く。田中にいっぱい食われたいんだよ」
知らぬ間に質量を増していた左右田の中身が、俺様の身体に纏わり付いていた。
床や壁や天井にも中身が広がり、部屋の中が幾何学的な極彩色に塗り固められていく。
蛇のように這い回る何本もの手が、俺様のズボンをずたずたに引き裂いた。
「何だ、もう勃ってんじゃん。興奮した? 俺の中身、そんなに良いの?」
くすくすと笑いながら、左右田が艶めかしく腰をくねらせる。滑った触手で俺様の陰茎を撫で、早く欲しいと言わんばかりに俺様を見詰めてきた。
「なあ、これ、頂戴?」
上目遣いで囁かれ、俺様の理性は――いや、最初から俺様に理性などない。
理性があるように見せていただけで、俺様は「人間」という枠を超えた瞬間から、既に理性などという粗悪品は棄てたのだ。
理性などがあるから、人は狂気に浸れない。
真実を知ることが出来ない。
こうして左右田を、抱くことも出来ない!
ならば理性など、俺様には必要ない。
「――左右田」
目の前に居る愛おしい邪神の名を呼びながら、ゆっくりと陰茎を左右田の中に沈めていった。
左右田はその身を歓喜に打ち震わせ、足を俺様の腰に絡み付かせる。
「は――あ、あぁっ――田中ぁっ、早く、早く動いてっ」
左右田は待ち切れないというように腰を振り、二本の長い舌を口から引き摺り出して、べろりと俺様の頬を嘗めた。
「ふっ、淫らだな」
「お前の前ではな」
ぬるぬると、左右田の中身が俺様の全身を撫で回していく。生温かくも冷たい体温が心地良い。
お強請りされた通りに腰を早く打ち付けてやると、左右田は甲高い嬌声を上げて床に尻尾を叩き込んだ。悲惨な音を立てて、床に巨大な穴が空く。
廃墟だから良いものの、これが借家だったら危ういところである。
「暴れるな。誰かが来たらどうする」
「大丈夫だって。誰か来たら、消しゃあ良いんだよ」
其奴をさ――左右田はぞっとするくらい感情の無い笑みを浮かべ、床に空いた穴に自身の身体を流し込んでいく。見る間に穴は塞がり、すっかり元通りの床になった。
「暫くは此処で暮らすつもりだし、穴が空いたままじゃあ不便だからな」
そう言ってから左右田は俺様を見詰め、悍ましい程に妖艶な微笑を湛えて――。
「――続き、しよっか?」
蠱惑的なまでの声音で、脳髄を犯すように囁いた。
俺様は返事代わりに、左右田の中を穿ってやった。
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