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――希望ヶ村には、凄腕のハンターが三人居る。
その噂を街の集会場で聞いた俺は、早速その村の場所を調べ、すぐに宿を出た。
根無し草の俺には、帰る場所も何もない。ハンターになって誇れる自分に成るのだと言い、大見得を切って家を出てしまったからだ。
そんな俺は現在、ハンターになったばかりの新米野郎。経験も実績も何もない、ただのハンターAである。何とか経験だけでもと、山でガウシカを狩ろうとしたのだが――体当たりされて気絶した。
――旦那、あんたハンターに向いてにゃいよ。
アイルーにそう言われ、一日中宿に引き籠もっていたのが一昨日の話で――このままでは駄目だと集会場に行き、希望ヶ村の話を聞いたのが昨日のことである。
そして今日、俺は希望ヶ村に居る。俺の滞在していた街の近くにあったので、案外すぐに着いたのだ。
目的は勿論――弟子入りの為である。
このままではハンターとして生きていけないであろう俺は、凄腕ハンターなる人達に狩りの教えを乞うことに決めたのだ。断られる可能性もあるだろうが、俺は一縷の望みを賭けたのである。
見た感じ、特に凄いという訳でもなく――本当に普通の村である。一応集会場のようなものもあるが、果して本当に凄腕ハンターが三人も居るのだろうか。
凄腕なのならば、こんな村に居る必要などないと思うのだが――。
「――あれ? 旅の人かな?」
俺が凄腕ハンターに対して疑問を渦巻かせていると、村人らしき人間が和やかに声を掛けてきた。同年代と思われる、如何にも好青年というような白髪の男である。
「いや、ちょっと違うんだ。実は、凄腕のハンターが三人――」
居ると聞いてやって来たんだ――そう続けようとした瞬間、目の前の男が俺を不快そうに睨み付け、大袈裟なくらいの溜め息を吐いた。先程までの和やかさは完璧に消え、凄まじい殺気や憎悪を放っている。
何故だ。俺は何か、拙いことを言ったのか?
「あぁぁあ、またお遣い? ご苦労様だよ、全く。しかも今度は、如何にも新人って感じのハンターを寄越してくるなんて。お国のお偉いさん達は絶望的に愚かだよ。何をしたって僕達は、お抱えハンターになんかならないっていうのにさ。ちゃんと緊急召集には行ってあげてるんだからさあ、それで満足すべきだよ。これだから凡才の集まりは」
訳の判らないことを言いたい放題に言われ、俺は怒りよりも先に困惑を抱いてしまった。
「え、えっ? いや、意味が判らないんだが」
「はあ? 今更しらばっくれようったって、そうは」
「いや、俺はただ、凄腕ハンター達の弟子になりたくて来ただけなんだ」
男の言葉を遮って言うと、男は目を丸くして困ったように微笑んだ。殺気も憎悪も掻き消え、最初に見た時の好青年が其処に居る。
「あ、あはは。何だ、てっきりまた国からの遣いかと。ごめんね、怖がらせて」
「いや、別にそれは良いんだが――さっき『僕達はお抱えハンターになんかならない』って言ったよな?」
「ん? それが何か?」
「あの、もしかして――貴方が凄腕ハンターの一人?」
俺がそう尋ねると男は、そうだよ――と言って笑った。
この、村人みたいな好青年が凄腕ハンター?
嘘だろ。
「え、えっ? 本当にハンター? 凄腕の、ハンター?」
「凄腕かどうかは判らないけど、僕は確かにハンターだよ」
まあ、二人と比べたらゴミ屑以下の腕だけどね――と言って、男は嬉しそうに微笑む。
自分を卑下して喜んでいるのか? 怖い。
「へ、へえ。じゃあその二人は――」
「――狛枝ぁっ!」
何処に居ますか――そう聞く前に、何ともいえない奇抜な格好の男が走り寄ってきて、目の前の男――狛枝とやらを殴った。突然のことに吃驚き、俺は絶句する。
「い、痛いよ田中君」
「このようなところで道草を食んでいるのが悪い!」
同年代と思われる奇抜な男――田中とやらが怒鳴り、男の腕を掴んで引き摺り出す。どうやら何処かへ連れて行く気らしい。
――ちょっと待て、このまま彼を連れて行かれたら困る!
「ち、ちょっと待ってくれ!」
「何だ貴様は」
ぎろりと射抜くように、田中が俺を睨んだ。思わず逃げ出したくなってしまったが、ぐっと堪える。
「あ、あの。俺、凄腕ハンター達に弟子入りしたくてですね」
「弟子だと?」
かっと目を見開き、田中が吼えた。
「ふ、ふははっ――ふははははっ! 命知らずな男だ、この俺様の下僕になりたいとはな!」
尊大な高笑いを上げる田中に、俺は嫌な予感を覚える。
もしかして――。
「――もしかして、貴方も凄腕ハンター?」
「ふはっ! 如何にも。この俺様こそは、不滅の煉獄にして箱庭の観測者。黄昏を征きし者、田中眼蛇夢だ!」
成る程、判らん。
「えっと、凄腕ハンターってことで良いのか?」
「あはっ、良いと思うよ」
狛枝からの同意を得て、俺は愈不安になってきた。
此奴等は本当に、凄腕ハンターなのかと。
妙な迫力と風格はあるので、多分嘘ではないと思うのだが――何だかとても不安である。主に人間性が。特に人間性が。
この短時間で二人の異常性を垣間見てしまった俺は、弟子入り出来ても上手くやっていけるかどうか判らず――とても不安になった。
しかし、此処まで来て逃げ帰る訳にはいかない。俺は誇れる自分になるのだ。その為なら、どんな手段を使ってでも――。
「時に雑種よ」
「――へっ? お、俺?」
「貴様以外に誰が居る」
まさか初対面の人間に「雑種」なんて言う奴が居るなんて、今の今まで想像もしなかったぞ。
「あの、俺には日向創って名前があるんだけど」
「ならば日向よ。貴様の歩みし戦場について語れ」
戦場って何だよ――と思うも、多分狩りの経験について聞いているのだろうと予想し、俺は恐る恐る口を開いた。
「が、ガウシカに体当たりされて気絶した」
しんと、辺りが静かになる。次の言葉を待っていたらしい田中が、焦ったように声を上げた。
「――は? それだけ? えっ。えっ、それだけですか?」
さっきまでの仰々しい物言いが吹き飛ぶくらい、田中は狼狽している。まさか弟子入りしてきた人間が、ハンターと呼べるのかも危うい残念な新人だとは、全く思いもしなかったのだろう。
どうしたものかと悩んでいると、狛枝が盛大な溜め息を吐き捨て、俺のことをあからさまに見下してきた。
「は? 何それ、君って才能がないの? 凡人な新人でもガウシカくらい狩れるよ。ああ、何てことだ。こんなゴミ虫に構っていただなんて、時間を無駄にしちゃったよ。最悪だ、絶望的だ。もう帰ってよ、君みたいな屑に割く時間なんてないから」
あまりにもあまりな言いように、俺は言葉が出なくなった。
判っている。自分にハンターの才能がないことも。でも、それでも俺はハンターになりたくて、誇れる自分に成りたくて――。
「うわあ、泣かないでよ。気持ち悪いなあ、本当のことを言っただけでしょ」
不愉快だと言わんばかりに俺を睨み、狛枝は煩わしそうに言葉を吐き捨てる。
そんな狛枝に何も言い返せなくて、声も出せずにぼろぼろと泣くしかなかった――その時、田中が狛枝を再び殴り、慌てて俺の頭を撫で始めた。
「よしよしよしよし、泣くな泣くな。あれは頭が可笑しい故、一々発言を気にしていては身が持たんぞ」
さっき高笑いを上げていた人間と同一人物だとは思えないくらい優しくて、温かくて――俺はその優しさと温もりでまた泣いた。
「あわわわわ。泣き止んでください、お願いします」
「放っておけば良いじゃない、そんなの」
「貴様が泣かしたのだろうが! 全く――仕方ない、下僕志願者だったな。丁度良い、奴のところへ連れて行こう」
――奴?
「や、奴って?」
「長老だ」
長老? 何でそんな人のところへ俺を?
「まさか田中君、これを本当に弟子入りさせる気?」
「奴が良いと言えばな」
「ちょっと、止めてよ。こんな才能の欠片もないゴミを」
「貴様が他人をまた泣かしたと伝えるぞ」
田中がそう言うと、狛枝は眉を顰め、引き攣った笑みを浮かべて黙った。よく判らないが、その長老とやらは、狛枝を黙らせるくらいの力を持っているようだ。何だか会うのが恐ろしい。
そんな俺の不安を感じ取ったのか、田中がまた俺の頭を優しく撫でた。
「案ずるな、悪いようにはせん」
その言葉に安心して、俺はまた泣いた。
――――
鼻水を啜りながら、田中と狛枝に付いて行った俺は――村の奥に建っている、鍛冶屋らしきところへ辿り着いた。
様々な武器や防具が並べられていて――どれもこれもが、素人目から見ても精巧な代物だと判るくらいに、素晴らしく立派なものばかりだった。
「す――凄く、綺麗だ」
思わず漏れ出た感想に、意外にも狛枝が食い付いた。
「当然だよ! これらは全部、左右田君が造り出したものなんだから。凄く綺麗で、繊細で、欠陥なんて一つもない――完璧で完全な作品なんだよ! 節穴かと思っていたけど、ちゃんとした目はあるみたいだね。少し安心したよ」
食い付いた挙句に貶してくるとは。狛枝という男は、一生好きになれそうにない。
心の中で狛枝に対して線引きをしていると、鍛冶屋の奥から何かがぬるりと生えた。いや、あれは――人?
「左右田よ、貴様に用があって来た」
田中が声を掛けると、人の形をした何か――左右田とやらが此方へやって来た。
「――何だよ、用って」
左右田はピンク色の髪と瞳をしている、耳が尖った男で――これが噂の、竜人族という者なのだろうか。初めて見た。見た感じは同年代くらいなのだが――。
「――あ? 誰だ其奴」
狛枝よりも田中よりも鋭い目付きで、左右田が俺を射殺すように睨め付ける。
竜人族は竜に近い特徴を備えているらしいが、この眼力もそれ故なのだろうか。とても怖い。
「此奴の名は日向創。我等の下僕になりたいと乞う、哀れな人の子よ」
下僕じゃなくて弟子なんだけど。そんな言い方じゃあまるで、俺が変態のドM野郎みたいじゃないか。
俺は慌てて田中の発言を訂正しようとした――のだが、左右田は鋭利な牙を見せ付けるように笑い、俺を値踏みするように見詰める。
「弟子入り志願者、ねえ」
さっきの下僕発言をどう解釈したのか判らないが、とりあえず理解して貰えたようなので黙ることにした。
ん? そういえば――。
「あの、長老という人は何処に居るんだ?」
田中にそう尋ねると、田中は顔を引き攣らせて左右田を見た。何だろうと思い、左右田を見ると――其処には、ぞっとする程に穏やかな微笑を湛えている左右田が居た。左右田がゆっくりと、口を開く。
「田中」
「はい」
「誰が長老だって?」
「いや、あの」
「誰が、長老だって?」
「そ、左右田です」
声を震わせながら田中が言うと、左右田は小さく息を吐いて首を傾げた。
「田中。俺はな、まだまだ若い気持ちなんだよ」
「はい」
「そりゃあ五百歳越えちまってるけど、気分はまだまだ若者なんだよ。なあ」
「はい」
「それなのに『長老』扱いするって、どういうことなんだよ。俺が爺扱いされんの嫌って何回言えば判るんだよ、なあ」
「ごめんなさい」
見た感じでは田中の方が少し歳上に見えたのだが、どうやら違ったようである。
竜人族は長寿だと聞いていたが――まさかこんな若者が、五百歳を越えたお爺さんだなんて!
「そ、左右田さん?」
只管に謝り続ける田中を遮るように前へ出て、俺は左右田に恐る恐る話し掛けてみる。すると左右田は苦笑し、さん付けしなくて良いって――と言って自身の頬を掻いた。
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