冒涜的な世界で男は混沌を愛する

 

 名状し難い冒涜的な邪神と契約を交わした俺様は、今まで通りの生活を送りながら、魔術師としての勉強をさせられている。
 実在などしていないだろうと思っていた、よく想像上の魔術書として扱われているネクロノミコンなど――ご丁寧に日本語訳された物――を渡され、毎日読まされているのだ。
 他にもエイボンの書なる、これまた日本語訳された本や、ナコト写本にルルイエ異本など、ありとあらゆる魔術書を与えられた俺様は、冒涜的真実に身を浸し、この世が彼等――神話生物の掌の上に在ることを、嫌というくらいに理解させられる。
 しかし、魔術書を読んでいて良いこともあった。魔術が使えるようになったのである。
 魔術によっては入手の難しい道具が要るものの、道具は左右田が用意してくれるので何の問題もなかった。ただ、魔術を行使すると異常に疲れるのが難点だが。
 魔術書以外にも、輝くトラペゾヘドロンという蓋付きの箱も渡された。中には十糎程の、赤い筋が入った偏方多面体の黒い宝石があり、七本の支柱によって支えられている。用がある時は箱をしっかり閉じ、何回かノックしろとのことだ。
 携帯電話で良いじゃないかと言ったこともあったが、電話代が勿体ないらしい。何とも庶民的な邪神様である。


 そんな左右田と奇妙な学園生活を送る中で、俺様は抱いてはいけない感情を左右田に抱いてしまった。
 左右田に恋をしてしまったのだ。
 いや、恋と云うには薄汚い、卑しく醜い――命の尊さを穢すような、ただ「犯したい」というだけの下劣な感情である。
 表現と理解に苦しむ、悍ましくも美しい音と色が――爛々たる灼熱の園から絶対零度の絶望を覗かせ、総てを破壊し尽くさんとする狂気と慈愛が――俺様の心を、欲望を、刺激してしまったのだ。
 左右田が欲しい。身体をぐちゃぐちゃに掻き毟って、血肉を貪り、骨を嘗め啜って、左右田の中に精液を流し込みたい。左右田が欲しい。今すぐにでも犯したいくらいに!
 俺様の想いを知っているのか、左右田は俺様が近付けば離れ、離れれば近付く。付かず離れずの距離を保ち、俺様の想いを翻弄する。
 鬼だ、悪魔だ、いや――邪神か。左右田は邪神だったな。面白半分で人を誑かし、破滅と狂気に導く邪神だ。
 だが、そんな左右田が、愛おしくて堪らない。この腕で抱き留め、二度と何処へも行けないよう縫い付けてやりたい。ずっと傍に置いて、ずっとずっと愛し合いたい。左右田を、左右田が、ああ――。

「――大丈夫か田中」

 ふと、現実世界に引き戻された。俺様は椅子に座り、目の前には机が在って、教師が居る。辺りを見渡してみると、どうやら此処は教室のようで――ああ、そうだった。今は授業の時間だった。

「顔色が悪いぞ。気分が優れないなら、保健室に行きなさい」

 教師が心配そうに言って、俺様を見詰めてくる。見詰めてくる教師の目に、俺様の後ろで教科書を開いている左右田が映っていた。

「一人で行けないなら、誰か――」
「――大丈夫です、一人で行けます。寝不足なだけだと思うので、寮部屋に帰ります」

 がたりと椅子を押して立ち上がり、俺様は教室を出て行った。教師が何かを言っていたが、何を言っているのか判らなかった。




――――




 寮部屋に戻ってきた俺様は、真っ直ぐ寝台に向かい、そのまま横になって天井を見上げた。
 今頃左右田は、平気な顔をして授業を受けているのだろう。俺様が居なくても、左右田は平気なのだから。俺様は左右田が居なければ、平気で居られないというのに!
 がりがりと頭を掻き毟り、声にならない呻き声を上げる。朝に整えた髪型が乱れまくって、指に抜けた髪が何本か絡み付いた。
 会いたい。抱きたい。媾いたい。抜けた髪を一本摘み、左右に引っ張って千切る。千切る。千切る千切って千切ってばらばらにして――俺様はまた頭を掻き毟った。
 堪えられない。左右田に会いたい。左右田を犯したい。犯したい!
 上身体を起こし、上着のポケットから左右田に貰った箱――輝くトラペゾヘドロンの蓋を開け、中から黒い宝石を取り出した。綺麗だ、左右田の中身のように綺麗だ。
 俺様は宝石に口付けを落とし、べろりと舌で嘗め回す。左右田、左右田の、左右田が此処に!
 宝石を銜えながらズボンを脱ぐ。下着を穿かない主義なのでパンツはない。
 既に勃起していた陰茎からは先走りが垂れ、ズボンがぐちゃぐちゃに濡れていた。後で洗濯機に入れなければ。後で、後で。
 宝石をがりがり齧りながら、自身の陰茎を握り締めて上下に扱く。ああ、左右田――左右田の手だ、これは左右田の手だ。
 宝石をちゅうちゅうと吸い、舌先で擽るように愛撫する。左右田と接吻するように、何度も何度も愛を込めて。
 先走りで酷いことになっている陰茎を擦り上げ、早く早くと絶頂へ押し上げる。がくがくと腰が揺れて、目の前が真っ白になっていく。左右田、左右田――。

「――そんなことする為に、渡したんじゃあねえんだけど」

 ――左右田?
 俺様は動きを止め、後ろを振り返る。果して其処には――左右田和一が愉快そうに微笑み、寝台の上で正座していた。

「な、何で、此処に」
「俺には扉なんて不要なんだよ」
「ちが――違う、何で、授業は」
「授業? ああ、さぼった。この世に蔓延る人間如きの知識なんて、既に俺の頭の中なんだからよう」

 そう言ってからからと笑う左右田に、俺様は申し訳なさと罪悪感と抱きながら――左右田を押し倒した。ぎしりと、寝台が悲鳴を上げる。
 左右田は吃驚したように目を見開き、俺様を見詰めている。判っている癖に、判っている癖に、驚いた振りを、俺様の想いを、知っている癖に!
 珍しく制服を着ている左右田の、制服のボタンを、ぶちりぶちりと剥がして、肌着を捲る。左右田の皮が、偽りの皮が其処に在る。
 俺様は皮に噛み付き、舌を這わせて、滑らかな感触を味わった。

「んっ――う、んんっ? ちょっと田中ぁっ。何だよ、俺を犯そうってえの?」

 左右田は愉しそうに口角を吊り上げ、真っ暗な瞳を此方に向けている。
 深淵の闇に突き落とされるような恐怖と、安らかな眠りに誘われるような安堵を感じ、俺様は左右田の唇に齧り付いた。

「ふ、ぅん、んんっ――」

 人と同じ形をした左右田の口内に舌を入れ、ぐちゅぐちゅと音を鳴らしながら歯肉をなぞり、左右田の舌に絡めて愛撫する。
 触れる度に、嘗める度に、左右田は身体を震わせ、皮を優しく撫で回すと、切ない喘ぎ声を上げて悶えた。
 何て愛らしい反応なのだろう、これもまた人を惑わせる手口なのか。何て蠱惑的なのだ、この邪神は!

「んぅぅっ、や――やめっ、田中ぁ、やらぁっ――ん、はぁっ」

 どろどろと、左右田の両腕の肉が剥がれ落ちる。
 中から蟲が湧いて飛び回り、白い鞭のような軟体動物の脚が生えて、俺様の身体に纏わり付いた。労るようにぬるぬると、脚が身体を撫でてくる。

「は、あぁっ――人間如きが、この俺にぃっ――んぁっ、やっぱりお前、最高だわっ!」

 そう言った瞬間、左右田の身体が真っ二つに割れた。
 人間の肋骨の数を遥かに上回る巨大な骨が、蟲の脚のようにがちゃがちゃと蠢き、俺様の身体を優しく包み込む。俺様はずぶずぶと左右田の中に沈んでいき、温かい肉の壁に身を委ねた。
 寝台の上を影と血肉が這い摺り回り、左右田の身体が体積を増して、溶けるように広がっていく。寝台一杯になった左右田から、めきりと音を立てて極彩色の手足が生えた。

「田中ぁっ、俺としたい? こんな俺と――本当にしたい?」

 眼前で微笑む左右田の顔が、様々な人間の声を発して喋る。左右田の声が聞きたいのに。
 そっと左右田の頬を撫で、啄むように唇へ口付けを落とした。左右田は口の端を裂いて笑い、いつもと同じ左右田の腕が、俺様の身体を抱き締める。

「良いぜ。俺のこと、抱いても」

 潤んだ躑躅色の虹彩が、漆黒の強膜に包まれて輝いていた。
 人間のものと同じ形をした両足が、股を開くように左右に広がる。其処には人間のそれとは違う、肉に切れ目を入れただけのような穴があった。
 それで充分だった。
 俺様は溢れる左右田の身体を抱き締め、その穴に自身の陰茎を捩じ込む。艶めかしく身動ぐ左右田の肉が、貪るように俺様の陰茎へ絡み付いた。
 ごりごりと抉るように突き上げれば、左右田は左右田の声で喘ぎ、口の端から涎を垂らし艶笑している。

「あぁ、んっ――んんっ、田中ぁっ、凄いっ――っくぅっ、気持ち、良いっ」

 本能のまま腰を打ち付けているだけなのに、左右田は気持ち良さそうに全身を痙攣させていた。
 軟体動物の脚は俺様に縋り付き、極彩色の手足に切れ目が入って、真っ黒な虹彩の目が現れる。
 蕩けた表情の左右田が、俺様の背中に骨を突き立て、擽るように服や皮膚を掻き撫でた。

「ふぁぁっ、あっ――やば、いっ――田中っ、あぁあっ、田中ぁぁっ」

 今まで見たことがない左右田の乱れた姿に、俺様はどうしようもないくらい興奮した。腰のような場所を掴み、一心不乱に中を穿つ。
 もっと、もっと、左右田を滅茶苦茶にしたい。滅茶苦茶に、ぐちゃぐちゃに、俺様の味を刻み付けたい。

「っ、は――はぁっ、左右田、左右田ぁっ」

 漸く絞り出した声は、情けないくらいに震えていた。
 あまりにも酷かったので嗤われると思ったが、左右田は慈しむように微笑み、俺様の腰に足を絡め、ぎゅうと締めて肉を蠢かせる。
 ああ、もう――。

「――左右田、もう、もうっ」
「あっ、ぁはあぁ――出してっ、中に――た、田中の精液、頂戴?」

 中をぐちゃぐちゃに抉られながら、左右田は妖艶な笑みを浮かべて中出しを強請った。
 人間を誑かして破滅に導く邪神が、人間如きに犯し穢されて悦び、精液を呉れと強請っている。
 俺様に、強請っているのだ。左右田が。左右田が! 左右田が!
 俺様は思い切り腰を打ち付け、穴の奥深くに射精した。

「ひ、あ、あぁっ――あ、出てるっ、田中のが、中にぃっ――」

 左右田はびくびくと身体を震わせ、嬉しそうに笑っている。
 陰茎に纏わり付いて来る肉壁が、ぎゅうぎゅうと精液を絞り出してきて、射精が止まらない。気持ち良過ぎて死にそうだ。

「そ、左右田ぁっ、ぁああっ」

 止めてくれというように左右田に縋り付くと、中の締め付けが緩み、俺様は慌てて陰茎を引き抜いた。勢い良く抜いた所為か、穴から少し精液が零れ出し、たらりと厭らしく流れ落ちる。
 左右田は満足そうに自分の腹を撫でながら、ずるずると身体を人間の形へと戻していった。
 俺様に絡んでいた脚も骨も、寝台に広がっていた悪夢も、何もかもがなかったように消え去り――人間の形をした左右田だけが其処に在る。

「は、ははっ。やばいわ、嵌りそう。こういうの初めてじゃねえのに、何だろう――身体の相性が良いのかねえ、すっげえ良かったわ」

 そう言って左右田は起き上がった。真っ二つに裂けた筈なのに、服も元通りになっている。

「――田中ぁっ、またしような」

 左右田が俺様に飛び付き、甘えるような仕草で胸に擦り付いてきた。
 そんな左右田の頭を撫でて、今すぐしたいのだが――と言うと、左右田は愉快そうにからからと哄笑し、人間は本当にお盛んだなあ――と言って制服を脱ぎ始める。

「じゃあ、今度は――人間らしくしましょうか」

 そう言って人の姿のまま全裸になった左右田を、俺様は欲望のままに押し倒した。

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