最終兵器彼女的な彼氏

 ドッキリハウスで死んだ筈の俺様は、偽りの世界より魂を目覚めさせ、再び真実の世界――現世へ戻ってきた。
 あらゆる才能を持ったまま「日向創」に戻った日向により、偽りの世界で死んだ者達が、現世へと呼び戻されたのである。
 十神も、花村も。
 小泉も、辺古山も。
 澪田も、西園寺も、罪木も。
 弐大も、俺様も。
 そして――狛枝もだ。七海は日向によって一番最初にデータを再構築され、皆を起こす為に日向と共に尽力していた。
 死んだ者全員が、日向や七海のお蔭で現実世界に帰ってくることが出来たのである。
 まあ、全てが全て、二人のお蔭という訳ではないのだが――。

「――よう覇王様、相変わらずの顰めっ面だな」

 廊下の天井を歩いてやって来たのは、超高校級のメカニックと謳われている男――左右田和一だった。左右田もまた、皆を起こす為に尽力した一人である。
 重力や物理法則を完全に無視し、天井を平然と歩いている左右田の背には、機械で出来た翼が生えており、つなぎ服を突き破ってその存在を誇示していた。

「床を歩け、床を」
「あ? んなこと言われても、俺には天井も床も変わんねえよ」

 そう言って天井から離れた左右田は、ふわりふわりと宙に浮き――身体の向きを変えて、足音すら立てずに床へ降り立った。

「これで良いか?」
「ああ」

 俺様が頷いてやると、左右田は愉快そうに笑いながら数糎程身体を床から浮かせ、俺様の歩みに合わせて飛び始めた。


 もうお判り戴けただろうが、左右田は人間ではない。
 元は人間だったのだが、絶望してうっかり人間を辞めてしまったのである。
 絶望によってか、左右田の才能は加速度的に力を増し――既存の原理や法則をぶち壊した、絶望的なまでのとんでもない理論で、とんでもない肉体を造り上げてしまったのだ。
 最早肉体とも呼べぬ、完全に機械化された――いや、もう機械とも呼べぬ「金属生命体」と化してしまったのである。
 因みに金属生命体となった左右田は、日々兵器としての進化をし続けている。
 ある程度の進化を遂げてから、未来機関をぷちっと潰してやろうと思っていた矢先、苗木に見付かって説得され、温和しく更生プログラムに参加することに決めたとか。
 強制シャットダウンとやらをした所為で、絶望時の記憶もうっかり思い出してしまった左右田の発言なので――多分信憑性はある、筈だ。
 現にこうして――見た目は人とあまり変わらないが――明らかなるオーバーテクノロジーとして此処に存在しているのだから、更生プログラムに参加したのも自主的になのだろう。
 でないとこんな化け物が――ねえ。

「あっ、ちょっと催してきた」

 左右田は慌てて廊下の窓を全開にし、外へと飛び出して――背中から大量のミサイルを発射させた。ミサイルは天高く飛び上がり、凄まじい音を立てて上空で爆発した。

「いやあ、危ねえ危ねえ。あともうちょっとで漏らすところだったぜ」

 からからと笑いながら廊下に戻ってきた左右田は、呆然と空を見上げる俺様の隣に寄ってくる。

「昨日より爆発のレベル高くなってるよなあ。このままじゃあ俺、うっかりこの島吹き飛ばしちまうかもな!」

 なんちゃって――などと冗談めかして宣っているが、俺様には冗談に聞こえなかった。
 だってこんな――こんな、人類の最終兵器とも呼べる此奴なら、本当に「うっかり」遣り兼ねないのだから。
 実際プログラムから目覚めた時に、記憶の混濁によって身体の勝手が判らず、うっかり島の端を消し飛ばしてしまったとか。日向が頭を抱えてぼやいていたので、信じ難いが本当のことなのだろう。

「ああ、早くこの島から出たいよなあ。なあ、田中も思うだろ?」
「――そうだな」

 意識がプログラム内に在った時も、身体は休まず進化をし続けていた左右田は――最早、未来機関がどうこう出来る存在ではない。
 身体を調べようとすれば、左右田の意思に関係なく自動で相手を攻撃し――破壊しようとすれば、圧倒的なまでの武器を文字通り生み出し、敵対する者を全て無に帰す。
 その気になれば宇宙にも行ける、音速を容易く超える飛行能力と――高性能な探知機にも引っ掛からない、最高の隠密性能。
 何も食わず、何も飲まず、睡眠も休息すらも必要としない――完全に食物連鎖の枠から外れた、死なない化け物。
 その他にも色々な能力を兼ね備えた化け物が――今も進化し続けている兵器が――こんな島に拘束されている。
 いや、留まり続けているのだ。
 その気になれば、さっさとこの島を出て自由となれるだろうに――この人間だった者は、それを良しとせずに此処に居る。
 肉体は人間を辞めても、精神までは人間を辞めていなかったのだ。


 ――俺が居なくなったら、皆殺されちまうかも知れねえじゃねえか。


 左右田は、本物の十神白夜に言われたのだ。
 お前が勝手に居なくなれば、皆の安全は保障し兼ねる――と。
 早い話、皆のことが大切ならば此処に留まれという、脅迫に近い戒めを与えられたのである。
 酷い話だとは思うが、左右田を含めた俺様達の罪を鑑みれば――非常に優しい処置だと思う。
 まあ、下手に左右田を刺激して怒らせたら拙い――というのもあるだろうが。

「俺さ、この島から出るの許されて、罪滅ぼしも終わったら――宇宙を旅しようかなって思ってんだ」

 ふわふわと音も無く漂う左右田は、空を――宇宙を愛おしそうに見詰め、ほうと吐息を漏らした。呼吸すら不要な筈なのに、此奴はこうして人間の真似をする。
 まるでまだ、自分は「生きている」のだと云うように。

「何の当てもないけどさ、どうせすることなくなるだろうし――良いと思わねえ?」
「そう、だな」

 そう肯定してやると、左右田は視線を俺様に向け、寂しそうに笑って口を開いた。

「なあ、お前も一緒に行かねえか?」

 左右田の問いに対して俺様は、ゆっくりと首を横に振った。それを見た左右田は、最初から答えが判っていたかのように笑い、再び空を見遣る。

「そっか、残念だなあ」

 お前となら、宇宙旅行も楽しいだろうに――などと呟く左右田の横顔は、諦観に満ちた表情をしていた。


 ――いつか俺は、地球の脅威になっちまうかもな。


 いつだったか忘れたが、左右田が呟いた言葉である。
 自分自身でも把握しきれない程に進化し、これからも進化していくであろう自分に対し、左右田は恐怖していたのだ。
 いつか島どころではなく、地球そのものを壊してしまうかも知れない――自分の身体に。
 だから左右田は、宇宙へ行くと言うのだろう。死ぬことも、進化を止めることも出来ないから。


 ――死ぬこともなく、進化し続けながら宇宙を漂い、左右田は永遠の闇に飲まれていくのか?
 ――本当にそれが、左右田にとっての救いになるのか?
 ――そうすることで、左右田は幸せになれるのか?
 いや――。

「――左右田」
「何だよ」

 此方を見ようともしない左右田の身体を引き寄せ、無理矢理抱き竦めてやった。
 乱暴にした所為か自動攻撃機能が反応したようで、背中の翼ががちゃがちゃと蠢いている。
 しかし俺様は、左右田を離さなかった。

「ちょっ、危ねえって! 怪我すんぞ、離せって!」
「離さん」
「いや、何でそんな――」
「行くな」

 俺様を引き剥がそうと藻掻いていた左右田が、ぴたりと動きを止める。

「――行くな、って」
「宇宙になど行くな、俺様の傍に居ろ」

 じっと左右田の目を見詰めながら言ってやると、左右田は眉を顰めて俺様を睨み付けた。

「傍に居ろっつっても。俺、絶対迷惑掛けるし」
「構わん」
「いや、でも」
「俺様の肉体が滅びるまで居ろ!」

 恫喝するように怒鳴り付けると、左右田の翼が鋭利な刃と冷酷な銃口を大量に生やし、その全てが俺様に向けられた。
 少しでも動こうものなら、それらは左右田の意思を無視して、何の躊躇いもなく俺様の命を刈り取るだろう。
 左右田は苦笑しながら俺様の背中に手を回し、その身を俺様に寄せる。服越しに伝わってくる体温は、ぞっとする程に冷たかった。

「んだよ、それじゃあまるでプロポーズみてえじゃんか」
「そのつもりだったのだがな」
「へ? マジ? お前、いつ俺に惚れた訳?」
「そうだな。強いて言うなら――今だな」
「まじかよ、いきなり過ぎんだろ。吃驚だわ」
「俺様も吃驚だ」

 ぎゅっと、左右田が俺様の身体に縋り付く。俺様の体温が移ってきたのか、冷たさが少しずつ消えていった。

「田中、こんな俺で良いのか? うっかりお前のこと殺しちゃうかも知んねえぞ?」
「案ずるな、そう簡単に殺されなどせん。俺様は制圧せし氷の覇王だからな」
「は、ははっ。そうだな、お前は覇王様だもんな。なら――大丈夫か」

 俺様に向けられていた凶器共が翼から剥がれ落ち、がしゃがしゃと音を立てて床にぶち撒けられた。
 自動攻撃機能が俺様を敵でないと判断したのか、それとも――。

「――これからどうなるか判んねえけど、その――宜しくお願いします」
「ふっ、宜しくお願いされてやろう。必ずや貴様に、悪夢のような幸福を与えてやる」
「悪夢のようなって何だよ! でもまあ――ありがとな。今、幸せな気分だわ」
「そうか」

 ぽんぽんと、あやすように左右田の背中を叩いてやると、大きく翼が揺れ動き――虹色に輝く硝子のような羽が、大量に生え揃った。
 きっとこれもまた、何かしらの兵器なのだろう。だけどそれは、命を奪う為のものだと思えないくらい――美しかった。

「左右田よ」
「ん?」
「幸せにしてやるからな」
「え――あ、う、はい」

 顔を紅潮させた左右田は、それを隠すように俺様の胸元へ顔を埋めた。
 虹色の羽は忙しなく蠢き、かちりかちりと小気味の良い音を鳴らし、鮮やかな光彩を放っている。そっと左右田の頭を撫でてやると、犬の尻尾のように翼が揺れた。
 もしかしたらこの翼は、左右田の感情を表現しているのかも知れないな――なんて、まさかな。
 左右田が飛んでいってしまわぬようにと、強く強く抱き締める。左右田の体温は、俺様と同じくらいに温かくなっていた。




 その後、床にぶち撒けた兵器の片付けをうっかり忘れた俺様達は――皆に思い切り怒られた。

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