大好きな親友を■■に追い込む方法

 俺には親友が居た。
 顔は怖いけど笑うと愛嬌があって、頭がとても良くて機械弄りが得意な男だ。


 中学生に成り立ての頃、一番最初に話し掛けた相手だった。
 不運なことにクラスメートは知らない奴らばかりで、その中で彼奴は何となく話し掛け易い雰囲気だったから――ただそれだけの切っ掛けだったのである。
 切っ掛けはどうであれ、俺と彼奴は仲良くなっていき、お互いを親友と呼び合う程の仲にまでなっていったのだ。


 でも、それは見せ掛けだ。


 勉強を教えて貰ったり、壊れた機械を直して貰ったり――俺はずっと、彼奴から色々なものを与えられていた。
 俺は彼奴のことを「便利な奴」くらいにしか思っていなかったのである。
 最初は良かった。
 便利な奴を便利に使うだけで俺は成績も良くなったし、欲しい機械も造って貰えたから。
 けれど、彼奴は直向だった。
 盲目的友愛とでも言った方がすっきりするくらいに――彼奴は直向だったのである。
 俺がどれだけ利用してやっても、理不尽な無茶ぶりをふっかけても、彼奴は全く俺を疑わず、只管に俺を信じて信じて尽くしてきたのだ。


 俺は何も、彼奴に返してやっていないのに。


 八つ当たりに暴力を振るったこともあった。けれど彼奴は笑いながら、大丈夫だよ――と言って俺を責めなかった。
 お前なんか大嫌いだと言って、突き放したこともあった。けれど彼奴は、僕は君のことが好きだよ――と泣きながら笑っていた。
 何をしても、何をされても、彼奴は笑っているのだ。俺を見て、笑っているのだ。
 嬉しそうに、楽しそうに、悲しそうに、辛そうにしながらも――彼奴はずっと笑っているのだ。
 ずっと、ずっと。どうしようもなく利己的な俺に、彼奴はずっと笑いかけてくるのだ。


 怖かった。恐ろしかった。
 得体の知れない化け物のように見えて、彼奴がとても恐ろしかったのである。
 ――何故そんなに俺を信じていられるんだよ。
 ――何で俺なんかに尽くそうとするんだよ。
 ――何も返してやってない俺に、どうしてそこまで出来るんだよ。
 怖かった。見返りを求めて来ない彼奴が理解出来なくて、怖かった。
 彼奴は俺という小さな小さな器に、友愛という名の水を大量に注ぎ込み――器から水が溢れても、器が水に沈んでも、彼奴は只管に注ぎ込み続けているのである。
 友愛に溺れ、死んでしまいそうな感覚が、彼奴と顔を合わせる度に俺を襲っていた。


 気が狂いそうだった。
 だから何とか友愛を、水を減らそうと頑張った。俺なりに考えに考えて、彼奴に愛を返してやることにしたのである。
 でも、無駄だった。
 愛を返せば返す程、彼奴は押し付けがましいくらいの愛を注ぎ、俺を水底深くまで沈めていくのだ。


 もう無理だと思った。
 だから俺は彼奴にカンニングを手伝わせ、罪を彼奴に擦り付けた上で、関係を自然消滅させようとしたのだ。
 そうすればもう、溺れずに済むと思ったから。


 だけど、やっぱり駄目だった。
 彼奴は俺が離れても、盲目的な愛を流し込んできた。
 毎日、毎日、俺なんかに、俺みたいな小さい人間に、彼奴は、ずっと、笑って、俺に、毎日、毎日――。




――――




【とある少年の■■】


 母さん、父さん、ごめんなさい。
 彼奴は悪くないんだ。悪いのは俺なんだ。
 俺みたいな小さい器の人間が、彼奴を利用してやろうなんて思ったから、天罰が下ったんだ。


 ごめんなさい。罪を擦り付けて。
 でもお前なら、きっと笑いながら俺を許してくれるんだろうな。
 カンニングの件の所為でお前は、クラスの奴らから苛められるようになったのに、それでもお前は俺に笑いかけてくれたもんな。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 どうかお願いします、こんな俺を許さないでください。
 軽蔑して、嘲笑ってください。
 笑いかけないでください。
 許さないでください。
 最低な奴だったと罵ってください。
 何なら俺の遺影に唾を吐いても良い。
 じゃないと俺は、いつまでもいつまでもお前の親友をしなきゃならないから。ずっと離れられないから。
 お願いします、俺はもう、疲れたんだ。
 俺を嫌ってください。
 絶交してください。
 二度と会うことがないように、縁を断ち切ってください。
 これが俺の、命を賭けたお願いです。
 さようなら、俺の親友だった■■■。
 願わくは、来世で出会わぬことを。




――――




 一週間前に飛び降り自殺があったビルの下、一人の少年が花束を持って立っていた。
 少年は躑躅色の髪と瞳をした派手な出で立ちの人間であったが、服装は至って普通の制服である。
 少年は屈み込み、花束を地面に置いて目を瞑り、ゆっくりと手を合わせた。

「――自殺する程、抱え込まなくて良かったのに」

 道を通り過ぎて行く人には聞こえない、車やバイクの騒音で掻き消されるくらいの小さな声で、少年は呟いた。

「遺書、見たよ。お前の両親に見せられた。もう二度と関わるなって言われちゃったよ、葬式にも墓参りにも来るなって」

 少年は俯いて、身体を震わせている。

「酷いよな。俺達、親友なのにさ。お前の両親、最悪だよ。でも――」

 ふと、少年が顔を上げた。

「――でも、俺は判ってるから。解ってるから。お前の想い、全部理解してるからな。俺が悲しまないよう、遺書にあんなことを書いたんだろ? 大丈夫。俺はお前のことを、ずっとずっとずぅっと愛してるから。お前は悪くない、悪いのは――お前の両親だ。そうだろう? 大丈夫、ちゃんと始末付けてやるから」

 未だに残る血の痕を見詰め、少年は――。

「大丈夫、安心して。俺はお前のこと、怒ってないから。嫌ってないから。ずっと、ずっと好きだからな。だって俺達――親友だもんな」

 ――少年は、ぞっとするくらいに優しい笑みを浮かべていた。

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