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「嗚呼――何てことだ! 発電機の修理と改造を頼まれていたのに、何と人間を対象にした挽き肉製造機が出来てしまった! 絶望的だ!」

 愉快そうに哄笑する左右田を見て、俺様は少し――ほんの少しだけ、左右田を起こしたことを後悔していた。


 ――貴様如き雑種風情が掛ける迷惑など、大したことはない。絶望して暴れようが、絶望を振り撒こうが、この俺様が完膚無きまでに捩じ伏せてくれるわ!


 などと言ったのは良いが、俺様は舐めていた。
 絶望的に絶望している超高校級のメカニックが、どれだけ性質が悪いのかを。

「おい、左右田。さっさと発電機に戻せ」

 殺戮兵器に成り下がってしまった発電機を指差し、けらけらと笑う左右田へ威圧的に命令する。しかし左右田は小動物のように身を縮め、黒縁眼鏡越しに潤んだ黒眼を此方へ向けた。

「ええっ、田中君ってば酷い! 僕がこんなにも頑張って作った兵器ちゃんを、また糞以下の発電機に戻せって言うの?」
「戻せ、そして性能を上げろ」

 あくまでも意見を曲げない俺様に、左右田は至極真面目な表情を作り、腰に手を当てて黒縁眼鏡をくいっと上げる。

「俺は発電機なんて面白味もないものを造るより、もっと面白くて愉快な絶望的兵器を造りたいのだがね」
「そんなものを造るな、発電機を造れ!」

 そう一喝してやると、左右田は腕組みをして偉そうに俺様を見下し、顔を歪ませて嗤った。

「私に命令をするなど言語道断! 私は遣りたいことを遣り、したいことをするだけだ! 貴様如き覇王風情が、機械を統べる私に楯を突こうなんて、一億と二千年早いわぁっ!」

 ふはははは――と、左右田は俺様を彷彿させる高笑いを上げた。


 当初、某絶望女を思わせる性格の変わりように、もしかして左右田は絶望女に人格を乗っ取られているのでは――と皆から疑われていた。
 だが、保護した時の様子と精神鑑定の結果「これが素」であると判断され、今もこうして未来機関の監視下の中、俺様と同じようにジャバウォック島で、ある程度の自由を許されて生きている。


 自由と言っても、遣らなければならないことはある。
 他のメンバーは、自分の才能を生かせる場所へ連れて行かれたが――俺様や左右田、日向と狛枝はこの島に残っているのだ。いや、残されていると言うべきか。
 左右田はこんな有り様だし、日向はいつ「カムクライズル」に戻るか判らないという理由で、狛枝はプログラム内で遣らかしたことが原因で危険とされ――この島に拘束されているのだ。
 因みに俺様は巻き添えを食らって此処に居る。
 誰の巻き添え? 左右田のだ。


 ――田中が傍に居ないなんて絶望的だ! 約束が違うではないか! 死んでやる、世界中の人間をぶち殺す兵器を造ってから死んでやる!


 などという、冗談には思えない脅しを未来機関に掛け、無理矢理俺様をこの島に留めさせたのだ。
 絶望していてもメカニック。しかも機械なら何でも修理、改造出来ると云っても過言ではない此奴と、あらゆる動物の繁殖と育成が取柄の俺様。
 今のご時世、実用的な才能を優遇させるのは当然の流れで――現在俺様は、左右田のお守り兼監視役として傍に居る。
 別にそれ自体は文句などない。確かに俺様は左右田に「傍に居る」「守ってやる」と言ったのだから。
 しかし――。

「――俺様のことを少なからず好んでいるというのなら、俺様の言うことを聞かんかぁっ!」

 傍に置くだけ置いて、全く言うことを聞かないなんて理不尽だ。

「好む好まないと言うことを聞くか否かは、全く関係ないでしょうに。左右田和一は、誰かの言うことを聞く人間ではないのです」

 飄々たる態度で微笑を漏らし、左右田は元発電機を撫でる。そして大きな溜め息を吐き、毛染めを怠り黒へと戻った髪を掻きながら、俺様の方へ振り向いた。

「――よお」

 左右田は落ち着いた様子で、俺様に声を掛ける。先程までの狂いっぷりが、まるで嘘だったかのように。

「少しは落ち着いたか?」

 俺様が問うと、左右田は小さく頷いた。

「多少な。気分が高揚してくっと、つい絶望したくなっちまう。ちゃんと発電機に戻すし、改良もすっから――まあ、ちょっと待っててくれ」

 そう言って左右田は、殺戮兵器を解体し始めた。


 本人曰く。性格の変化は、某絶望女のような飽きっぽい性質からではないらしい。
 親友に裏切られてから自己同一性が揺らぎ、心の傷を癒やす為に様々な性格を作り出し、様々な他人と交流していった結果――どれが本来の自分の性格だったか判らなくなり、絶望を切っ掛けに症状が悪化。
 全てが自分の性格であるという結論に至り、絶望的に絶望な「多重人格者」ならぬ「多重性格者」が完成してしまったという訳である。
 これでもまだ、絶望的に絶望していた時より増しな方らしい。
 絶望の記憶を消され、殺し合い修学旅行に参加したお蔭で――本来の自分がどれか、知ることが出来たからだそうだ。
 そう、泣き虫で臆病で小心者な――あの性格を。

「左右田」
「んだよ」

 あっという間に解体した殺戮兵器の部品を手に、左右田が此方を振り返る。俺様は不敵に笑い、穏やかな口調で告げてやった。

「貴様がどのような人間であろうとも、俺様は決して見捨てたりはせんぞ」

 その言葉を聞いた左右田は、何度か瞬きを繰り返し――瞬間、顔を真っ赤にして絶叫した。

「嗚呼っ! 何てことだ! 絶望的に絶望している絶望の俺が、こんなにも想われているなんて! 友情って素晴らしいね! 僕は感動しているよ! しかし、私を惑わせるだなんて烏滸がましいぞ! 貴様なんて別に、好きでも何でもないのだからな! なんて申しておりますが、左右田和一はとても喜んでいます!」
「お、おおお落ち着け! 色々混ざり過ぎて混沌としているぞ!」
「お前が落ち着けっつうの」

 いきなり素に戻るなよ。

「きっ、貴様が突然、豹変するからであろうがぁっ!」
「あ、いや、ごめん。えっと、その――」

 恐らくいつもの性格に戻った左右田は、赤みが残ったままの頬を掻き、照れ臭そうに微笑んだ。

「――こ、今度とも、宜しく、お願いします」

 そう言ってすぐに殺戮兵器へ向き直り、左右田はぎこちない動作で発電機へと組み直していく。しかし、此方からも見える左右田の耳が、林檎のように赤くなっているのが見えて――。

「――ふ、ふはっ! 宜しく頼まれてやるわ!」

 何となく気恥ずかしくなってきて、俺様は熱を帯びてきた顔をストールで覆い隠した。

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