絶望技師が南国に来ました

 多分この状況は、俺にとって「絶望」であり「希望」なのだと思う。


 更生させる為だ何だのと苗木に言われ、俺が「超高校級の絶望」と呼ばれる前に携わっていた「新世界プログラム」に無理矢理ぶち込まれ、完璧に記憶を消され、希望ヶ峰学園に入学する前の状態にされた――筈だった。
 筈だったのだ。




――――




 ふと目を開けた瞬間、俺は懐かしい学園の教室に居た。見知った級友達と、知らない男女と一緒に。
 そして気付いた。自分の身体が生身であることに。四肢を完璧に機械化してやった筈なのに、今の身体は温かく、そして柔らかかった。
 おまけに身長が低い。十糎くらい低くなっている。希望ヶ峰学園に入学してから、身長が伸びた筈なのに。
 つまりこの身体は、入学前のもので――でも俺は此奴等を知っているし、学園のことも覚えているし、絶望のことも覚えているし――嗚呼。


 俺の記憶、完璧に消されてないじゃないか。


 どういうことだ、説明しろ苗木――と、某噛ませ眼鏡の言いそうな台詞を胸中で吐き、俺は思い切り舌打ちをした。
 すると近くに居た罪木蜜柑が此方を見て、すみませぇん――と半泣きになりながら謝ってきた。
 お前じゃねえよ。
 だがそう言ってやるのがとても面倒臭いので、俺は無言で睨み付けてから目を逸らす。
 それをどう解釈したのか、罪木は狼狽しまくって俺に縋るような視線を送っている。
 こっち見んな。

「貴様、先程から溢れんばかりの殺気を放っているが――まさか、俺様の命を狙いに来た刺客か?」

 そんな訳ないだろう阿呆が。
 この男――田中眼蛇夢は入学時も絶望後も、ずっとこんなキャラクターである。本当にうざい。
 下手に構うと余計絡んできそうなので、俺は聞こえなかった振りをして無反応を決め込んだ。しかし田中はしつこかった。

「俺様を無視するとは、良い度胸をしているな。ふはっ! 気に入った、気に入ったぞ!」

 気に入ってんじゃねえよ糞が。
 ああ、対応の仕方間違えたわ糞が。面倒臭い。




――――




 あれからウサミとかいう縫いぐるみが出て来るまで、俺は田中に絡まれ続けた。今は南国の島に移動し、各自島を探索中である。
 流石プログラム、何でもありだな。
 そして俺は、空港を覗きに来たのだが――。

「――ふはっ! 魔獣ケルベロスの末裔よ、俺様の声に応えるが良い!」

 何故かこの厨二病も付いて来やがった。
 うっぜえ。だが相手などしてやらん。こうなったら意地だ、完璧に無視してやる。
 やんややんやと五月蠅い阿呆を無視し、俺は飛行機を調べて回った。案の定というか、エンジンが積んでいない飛行機ばかりである。プログラム内から逃げられる訳がないしな、想定内だ。

「貴様、命無き鋼鉄の魔獣共を統べることが出来るのか?」

 空港のロビーに戻って来た時、ずっと俺に付き纏っていた田中が尋ねてきた。無視だ無視。
 俺があくまでも無言を貫いていると、田中は俯き――何かをぶつぶつ呟き始めた。何だと思って耳を傾けてみると――。

「――ふ、ふっ。俺様は孤独と沈黙を愛する覇王だ。寂しくなどない。孤高は素晴らしい。俺様は悲しくなどない。辛くなどない、今までと同じではないか。辛くなど、辛くなど――」

 ――思い切りダメージ食らってんじゃねえか。
 何だよ此奴、こんな豆腐メンタルだったのかよ。よく見ると涙目だし、弱過ぎるだろ。おい。
 ああもう、面倒臭い!

「――超高校級のメカニック、左右田和一だ」

 あまりにも見ていられない――というか不愉快だったので、仕方なく自己紹介をしてやる。すると田中は目を見開き、嬉々として不敵な高笑いを上げた。
 五月蠅えよ馬鹿が。

「ふはははっ! 漸く俺様の声に応えたな! 我が名は田中眼蛇夢。人類史上最大の悪夢にして、制圧せし氷の覇王だ!」

 あっそう、知ってるよ厨二病。
 俺は未だに高笑いを上げている馬鹿を放置し、荷物が運ばれている完璧なベルトコンベヤーを観察することにした。馬鹿を相手にしているくらいなら、完璧な機械を見ている方が有意義だ。
 そうして田中を完璧に無視していると、空港に誰かがやって来た。あれは――砂浜で寝てたアンテナ野郎と、狛枝凪斗だ。


 狛枝か。彼奴はなかなか面白い奴だったな。希望を盲信し過ぎて、絶望に成り下がった道化だった。
 俺は希望とか絶望とかどうでも良かったし、金を掛けずに造りたいもん造れれば良かっただけだがな。
 正直、こんなプログラムに放り込まなくても、工具や材料を用意した上で「完璧な機械を造って」と頼んでくれれば――俺は喜んで完璧な機械を造ったぞ。
 別に希望とか絶望なんざどうでも良いし。完璧な機械が造れればそれで満足なのだ。
 嗚呼、今からでも出してくれないかね。記憶消えてないし、もう既に破綻しているだろう。

「――あはっ、こんにちは。えっと、超高校級のメカニックの左右田和一君――だよね?」

 物思いに耽っていると、人の良さそうな作り笑いを浮かべながら、狛枝が俺に声を掛けてきた。
 お前の腹ん中は、完璧にばれてんだよ馬鹿。
 俺は狛枝と、その隣で突っ立って居るアンテナ野郎を一瞥し、二人の間をするりと掻い潜って――そのまま空港を出た。
 後ろから俺を呼ぶ声が聞こえるが、そんなこと俺の知ったことじゃない。


 俺は記憶の無い級友共――あと見知らぬ人間――と交流するつもりなどない。
 俺の級友達は後にも先にも、希望も絶望も共にした「あの頃の級友達」だけなのだ。何も覚えていない、薄ら寒い連中と交流なんざ――死んでも願い下げである。
 ――何とか外部と連絡を取らないと。
 そう思ってふらふらと島を歩いていると――砂浜へ来るようにという、ウサミからの呼び出しがあった。
 ――仕方ない、行くか。
 何かしらの進展があるかも知れないし、あわよくばウサミに「実は全部覚えている」ということを伝えられるかも知れない。
 それからどうなるか――最悪、俺は消されるかも――判らないが、どうなろうと構うものか。
 元より苗木に拾われた命だ、今更殺されたって文句などない。煮るなり焼くなりすれば良いのである。
 そう思いながら俺は、ゆっくりと砂浜へ歩を進めた。




――――




 砂浜に来た俺や級友共は、ウサミから「ウサミストラップ」なるウサミの形をした、腹を押すと喋る縫いぐるみをプレゼントされた。
 皆は要らないとばかりに砂浜へ捨てていたが、俺はこっそりとつなぎ服のポケットへ仕舞い込んだ。
 別に気に入ったとかじゃないからな、貰える物は貰う主義だからだぞ。あと解体して中身を完璧に確認したいからだ、他意はない。ないったらないのである。


 それからウサミがもう一つのプレゼント――水着をプレゼントし、何人かは着替えて海へ繰り出したが、俺は砂浜でぼうっとしていた。
 記憶の無い此奴等と関わりたくないし、海如きではしゃぐような歳でもないからだ。今の身体は入学時なので――工業高校を一年通っていたから――今がまだ四月という設定なら、十六歳ということになる。
 しかし、現実世界では二十歳を超えているので――餓鬼のように海で遊ぶなんて出来る訳がない。恥ずかしいというか、情けなくなってくる。
 というか、さっさとウサミに事情を説明したいのだが――。

「――皆さん、あまり沖に行っちゃ駄目でちゅよぉ」

 プールの監視員宜しく、海で遊んでいやがる馬鹿共を見守っていて、話し掛けるに話し掛けられない。内容が内容だけに、こっそりと説明したいのだが――これはもう、夜まで待つしかないかも知れない。
 説明を諦めて、自分のコテージとやらへ行こうとした――その瞬間、空がいきなり暗くなった。
 そしてモニターに、何とモノクマが映ったではないか。俺が絶望女に頼まれて、仕方なく造ってやった――あのモノクマが。
 まさかのバグか? それとも――ゲームで例えるなら、強制イベントというやつか?
 そう思ってウサミを見ると、演技とは思えないくらい焦った様子で、マジカルステッキとやらを握り締めていた。


 ということは――嗚呼、バグかこれ。


 破綻しまくりじゃないか、この不完全プログラム。糞が。ちゃんとプログラム組めよ。糞が、糞が、糞が! この糞がぁっ!
 俺は思い切り舌打ちをしてから、モノクマが指定してきたジャバウォック公園へ全力疾走で向かった。詐欺師が何かほざいていたが、無視してやった。




――――




「――おい、江ノ島。居るならさっさと出て来いよ」

 一番乗りで公園に辿り着いた俺は、息を整えてから呼び掛けた。すると石像の上からモノクマが顔を出し、俺のことを見て愉快そうに笑い出す。

「うぷぷ。なあんだ、左右田君ってば記憶消えてないの? これは面白くなりそ――うべっ!」

 モノクマが喋っている中、俺は持っていたスパナを思い切り投げ付けた。見事にモノクマの顔面に命中し、モノクマとスパナが石像から落ちてくる。
 俺はスパナだけを落とさないよう掴み取り、モノクマはそのまま地面に墜落した。ぴくぴくと痙攣しているが、多分大丈夫だろう。
 俺はモノクマに歩み寄り、ゆっくりと足を上げ――渾身の力を込めてモノクマを踏み付けた。

「ぐえっ! ちょっ、左右田先輩? 暴力反対! 先輩ってばS過ぎますって!」
「五月蠅えよバグ」
「ば、バグ? やだなあ先輩、私はバグじゃ――ぐふうぅっ」

 モノクマを擦り潰すように、憎しみを込めて足を捩る。

「バグだろ、なあおい。バグだろ、なあ。モノクマよぉ、知ってんだろ。俺は『完璧な機械』が好きってこと。だから『完璧に墜落するロケット』も造ってやったし『完璧に人を殺せるお仕置きマシン』も造ってやっただろ、なあ」
「は、はいっ! 存じております! でも私はバグじゃ――んぎゅうぅっ」

 何かをほざこうとするモノクマの顔面を蹴り付けた。

「さっきから破綻してんだよ、おい。記憶消えてねえし、お前みたいなバグが湧くし――嗚呼っ! 虫唾が疾る! こんな不完全で糞みてえな糞プログラムに放り込みやがって! 糞っ、苗木の阿呆! 身長伸びないまま息絶えろ!」
「いたっ! ちょっ、先輩っ、うぐっ! 私にっ、当たら、ないでよぉっ!」

 モノクマが半泣きになりながら訴えてくるが、俺は無視して踏みまくる。

「五月蠅え、消えろ! これ以上の不完全さは許せねえ! 機械もプログラムも、完璧じゃねえと許さねえ! 消えろバグ! 消えろ!」
「うげっ! ふぎゅっ! ちょっ、ごめんっ! 止めてっ! 地味に、痛いのぉっ! もう還るっ、電子の海に還るぅっ!」

 うわああああんっ、むくろちゃああああん! と泣き叫び、モノクマの身体は0と1に分解されていき、そして――完璧に居なくなってしまった。
 いや、こんなにあっさり居なくなる筈がない。彼奴はしつこい女なのだから!

「おいモノクマ、逃げんじゃ――」
「――左右田君!」

 突然名前を呼ばれ、俺は弾かれたように後ろを振り向いた。果して其処には――ウサミと、級友共全員が居た。

「凄いでちゅっ! 左右田君のお蔭でモノクマが居なくなりまちた! この島の平和は守られまちたぁっ!」

 ――はあ?
 えっ、まさか――本当に彼奴、消えたのか?
 嘘だろ、おい。あんなので挫けるなよ。
 モノクマの絶望的な豆腐メンタルに驚愕していると、ウサミが俺に走り寄り、ぴょんと飛び付いてきた。俺は思わずそれを受け止める。

「左右田君、凄いでちゅ! その意気で、皆さんとらぶらぶしまちょうね!」

 嫌だ――と言い掛けて、俺は口を噤んだ。
 ウサミが小さい声で、記憶があってもプログラムに参加して貰いまちゅ――と言ってきたからである。
 嘘だろ、おい。というか気付いていたのかよ。

「さあ、らぶらぶしまちょうね!」

 腕の中で微笑むウサミが、モノクマ以上の化け物に見えて――嗚呼、これが絶望ってやつか。初体験だわ。
 俺はウサミを投げ捨て、無駄な抵抗と知りながらも――公園から逃げ出した。

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