希望ヶ峰学園に入学して、早一年。
 学年も上がり、二年生になった俺様達は、漸く後輩というものが出来る訳で――級友達も、入学してくる後輩達に思いを馳せていた。
 やれ可愛い子が居るのかだの、恰好良い男は居るのかだの、才能はどんなものかだの、わいわいがやがや騒いでいる。そして例に漏れず、我が親友も後輩達が気になっているようで――。

「――なあなあ田中、一年生ってどんな奴等なんだろうな」

 などと俺様に聞きながら、相槌も打っていないのにべらべらと喋り出す。

「何かさあ、教師の話によると『超高校級のプログラマー』ってのが入ってくるみてえなんだよ。プログラマーだぜ、プログラマー」

 超高校級のメカニックとして入学してきた左右田は、同じような分野の後輩が出来ることに感動しているようだ。エンジンを前にした時のように、目をきらきらと輝かせている。
 喜び過ぎだろう――と言いたかったが、この反応は仕方がない。何せ先輩にも同級生にも、左右田と同じ分野の人間が居なかったのだから。
 機械という複雑怪奇な物体の構造や仕組み、原理などが分野外の人間に判る筈もなく――左右田は今までずっと、そういった話を殆どしたことがなかった。勿論、親友である俺様にもである。


 前に一回だけ、何かの機械の説明をしてくれたことがあったが、ぶぅぅんだの、どこどこどこだの、訳の判らない擬音を駆使してくるものだからあまり理解出来なかった。
 もっとちゃんと説明してくれと言ったら、左右田は口を噤んで苦笑いを浮かべるだけだった。説明下手なのだなと此方も苦笑して言えば、左右田はそうかもなと言って複雑な表情を浮かべていた。
 それから左右田は機械の話をあまりしなくなり、俺様や級友達と馬鹿な会話をするだけとなった。その所為で「馬鹿」のレッテルを貼られ、メカニックであることすら忘れられてしまっている状態なのである。


 そんな左右田に理解者が出来るかも知れないということは、親友として嬉しくもあり――少し、寂しくもある。
 しかし、左右田を理解出来ていない自分が居ることは確かな訳で――矢張り此処は、喜ぶべきところなのだろう。

「――ふっ、そうか。漸く貴様にも力を解放し合える同胞が出来る、という訳だな」
「おう! ああ、まじ楽しみだわ。早く話がしてみてえよ」

 からからと笑う左右田を見詰め、俺様は寂しさを直隠して微笑んだ。




――――




 入学式を滞りなく終えた俺様達二年生は、早速後輩に接触を試みることになった。今日は入学式のみであり、授業はないのである。
 昼食がてらに食堂へ集まり、気の合うもの同士で雑談を交わしている。
 超高校級の極道である九頭龍は、超高校級の暴走族という大和田と意気投合しているし、超高校級のマネージャーである弐大は、超高校級のスイマーという朝日奈と、超高校級の格闘家という大神と、トレーニングについて談義している。
 他にも各々、自分の気になる後輩にちょっかいを出す形で話し掛けているのだが――。

「――た、田中ぁっ」

 見た目の割に臆病な左右田は、この流れに付いていけず、俺様の学ラン内に潜り込んでいる。俺様は俺様で、左右田を守るように抱き締めて学ランを閉じているので――身長の関係で左右田の姿は、足しか見えていない状態である。
 ちらちらと此方を見てくる、超高校級の野球選手とやらの視線が痛い。

「左右田よ。そろそろ俺様の結界内から脱し、貴様の求める同胞を探せ」
「う、うぅぅううっ――こっ、怖えよぉぉっ。暴走族とか格闘家とか、何かおっかねえのが居るうぅぅっ」

 駄目だこりゃ。
 これでは何の為に、級友達と共に此処へ来たのか判らない。これならいつものように、俺様の寮部屋で左右田と一緒に飯を食らっていた方が良かった。
 いや、今からでも遅くはないか。俺様は左右田を引き摺りながら歩き、食堂を出ようとして――。

「――あ、あのぉ。もしかして、その中に居る人って、超高校級のメカニックさん――ですか?」

 小学生か中学生にしか見えない女子が話し掛けてきた。可愛らしい、中性的な声だ。
 しかし左右田には聞こえていないのか、俺様に縋り付いて小刻みに震えている。臆病にも程があるぞ。
 仕方ない、俺様が代わりに応対するか。

「如何にも。俺様の黒衣に封印されし者は、超高校級のメカニックと謳われし男――左右田和一である。女よ、貴様はこの男に何か用があるのか?」

 俺様は優しく丁寧に説明してやると、女は困惑の表情を浮かべて苦笑いをした。

「あ、えっと――はい。その――左右田さんに、用があります」

 おどおどしながらも、しっかり自分の意思を示せるのは左右田と大違いだ。左右田はすぐに逃げるからな。

「ふむ、用件を言え。内容によっては、この男を解放してやらんこともない」

 解放というか、引き剥がすだけだがな。

「よ、用件というのは、その――あの、僕、超高校級のプログラマーとして入学してきた、不二咲千尋です! 超高校級のメカニックさんと、是非お話がしてみたくて、あの――出て来てくれませんか?」

 プログラマーという発言にぴくりと反応した左右田は、恐る恐る俺様の学ランから顔を出し――不二咲を観察した。そして害なしと判断したのか、左右田はあっさりと学ランから飛び出し、不二咲に話し掛けた。

「ぷ、プログラマーなのか? 本当に?」
「本当ですよぉ。こんな見た目じゃ、信じて貰えないかも知れませんけど」
「い、いや。見た目がどうのは人のこと言えねえし――つうか、本当にお前がプログラマーなんだよな?」
「う、うんっ」

 不二咲がこくりと頷くと、左右田は目をきらきらと輝かせ始め――彼女の手を握り、嬉しそうにその手を振った。

「うわあ、まじか! 俺の名前は――って、さっき田中が言ってくれたか。あっ、此奴は超高校級の飼育委員で、田中眼蛇夢っつう名前なんだよ。変な喋り方すっけど、良い奴だから宜しくな!」

 先程の脅えっぷりはなんだったのだ、と思うくらいの豹変振りだった。不二咲も同じことを思ったのか、目を丸くして左右田を見ている。

「えっ、あの――よ、宜しくお願いします」
「うむ」

 畏まって俺様に頭を下げる不二咲に、俺様は軽く会釈した。

「ああ、えっと――不二咲だっけ? 早速だけど、一緒に機械とプログラムについて語ろうぜ! 一応俺、プログラム関係も齧ってるから問題ないし」
「ほ、本当ですかぁ! 僕も機械――あっ、パソコン関係だけですけど、自分で組んだりしているので、お話し出来ると思います」

 何やら既に意気投合している模様。
 機械もプログラムも判らない俺様は、何とも言えぬ疎外感を覚える訳で――どうしたものかね。
 一人で寮部屋に帰って飯を食おうかな――そう思って足を動かそうとすると、何かが俺様の腕を掴んで歩みを止めた。
 誰がやったかなど、見ずとも判る。左右田だ。

「田中ぁっ、俺を置いてくなよ。傍に居てくれ、なっ? なっ!」

 こんなに小さくか弱い女子相手に、何故其処まで脅えるのだ。しかしまあ――必要とされていることは、存外嬉しいもので。

「――ふっ、仕方ないな。我が魂の伴侶である貴様の頼みだ、聞かぬ訳にもいかん。この世の災いから、貴様を守り通してみせようぞ!」
「は、伴侶?」

 不二咲がぽつりと何かを呟いたが、俺様には聞こえなかった。




――――




 食堂にて昼食を机に並べ、左右田、俺様、不二咲という形で隣同士座っているのだが――。

「配列が――で――チップを――して――それから――」
「プログラムが――だから――なので――を――そして――」

 ――二人が何を言っているのか判らない。何で俺様を間に挟んだのかも判らない。
 専門用語が飛び交い、俺様の右耳から左耳へ、左耳から右耳へ抜けていく。何の話をしているのか理解出来ない。
 嗚呼、あの時の擬音混じりな説明の方がまだ理解出来た。あれは左右田なりに易しく噛み砕いた説明だったのだな、すまない。俺様が悪かった。


 ちらと左右田を見てみる。今まで見たことがないくらい真剣な表情で、不二咲を見詰めながら何かを言っている。いつもの砕けた物言いも鳴りを潜めていて、最早別人にしか思えない。
 不二咲とやらも、先程までのか弱さが嘘だったかのようになくなり、堂々とした口調で左右田に意見らしきものを述べている。


 二人の所為で味が感じられない飯を食いながら、周りを見渡してみた。
 級友達が口をぽかんと開けて、左右田のことを凝視している。大方、左右田が「馬鹿」ではなく「超高校級のメカニック」であることを思い出したのだろう。
 唯一人、狛枝だけは当然だと言わんばかりに左右田を見詰め、流石超高校級のメカニックだね――と言って納得していた。
 しかし左右田は皆の視線に気付かず、不二咲と議論のようなものを交わしている。一度のめり込んだら周りが見えなくなる、左右田の悪い癖が発動してしまっているようだ。

「そ、左右田よ。俺様と場所を変えないか? その方が話し易かろう」
「問題ない」

 左右田は一言だけ俺様に告げ、不二咲との議論を再開した。
 俺様は問題ありなのだが。

「いや、しかしだな」

 何とか説得しようと試みるも、左右田が縋るように力強く袖を握ってくるので、俺様は諦めた。流暢に会話をしていても、初対面の女子は怖いらしい。見た目の割には初な奴だ、矢張り俺様が付いていてやらねばな。
 俺様は理解不能な応酬の間に挟まりながら、若干冷めた昼食へ手を伸ばした。




――――




「いやあ、今日は本当に有意義な一日だったぜ」

 昼食後も二人の議論に付き合わされ、結局夕食時もその後も付き合い――現在、左右田の寮部屋で夜の九時。こんな時間になるまで語るなと言いたい。
 不二咲も寮部屋だったから良いものを、家から通っていたら大変なことになっていたぞ。女子をこんな時間まで拘束するなど、不純異性交遊を疑われるぞ。

「僕にとっても有意義な一日でしたぁ。こんなに話せる人が今まで居なかったから、その――楽しかったです! また一緒にお話ししてくださいねぇ!」
「勿の論だぜ! じゃあ、またな!」

 そう言って左右田は、不二咲を此処で見送ろうとしている。
 いかんぞ左右田、女子はちゃんと家や部屋まで送らねば。

「左右田よ、不二咲を送ってこい」
「えっ、何で?」

 女心も常識も判らない奴だなあ此奴は! ああもう、世話が焼ける!

「良いから行ってこい!」

 俺様が一喝すると、左右田は不思議そうに首を傾げながら、不二咲と共に部屋を出て行った。やれやれだぜ。

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