強請る左右田の言うままに、日向は彼の唇へキスをしようとした――その瞬間、左右田が日向を押し倒した。
 いきなり押し倒されて驚いた日向は、呆然としながら左右田を見る。左右田は生来の鋭利な歯を剥き出しにして艶笑し、蛇のように長い舌を己の唇に這わせ――餌を前にした肉食獣の如き眼光で、日向のことを見据えていた。
 あっ、物理的に食われる――と、日向は思った。

「――ひぃなぁたぁっ。もっかい、もっかいやろ? なあ、なあ、なあ」

 歌うように左右田が囁き、目をぎらぎらさせながら日向の萎えた陰茎を撫で回す。

「い、いや、ちょっと待てよ。さっきお前に絞り取られて、もう勃たな」
「だいじょうぶ」

 日向の発言を遮り、左右田が嬉しそうに笑む。

「たたないなら、たたせるから」

 愛しい我が子を撫でるような手付きで日向の陰茎を愛撫し、左右田はうっとりとした表情で舌舐めずりをした。
 あっ、性的に食われる――と、日向は思った。




――――




 採集時間が終わった、昼頃。
 山から戻ってきた日向と左右田は、大した収穫物がないことを小泉真昼に怒られた。
 しかし彼等が異常に疲れ切っていたのと、全身が汚れて傷だらけだったので、小泉は説教を早々に切り上げ、次からはちゃんと遣りなさいよ――とだけ言って、西園寺日寄子と共に遊園地へ出掛けて行った。
 残された彼等は蹌踉として自分のコテージへ帰り、すぐに風呂へ入った。
 そして三十分後。彼等は図り合わせたかのように、コテージから同時に出て来た。彼等のコテージは向かい合わせになっているので、必然的に見詰め合う形となる。
 暫時、無言で見詰め合い――日向が口を開いた。

「俺のコテージで話をしようか」

 そう言われた左右田は、普段の騒がしさからは想像出来ないくらい、静かに頷いた。


 日向のコテージに入った左右田は、日向の促されるままに寝台に座る。そして日向は、彼の隣へ寄り添うように座った。二人分の重みを受け、寝台がぎしりと軋む。

「――あの、さ」

 左右田が気拙そうに口を開いた。

「何つうか、その――まじでごめん。何かちょっと、箍が外れちまったというか――兎に角ごめん」
「いや、最初にお前を襲った俺が悪いし。完全に絞り取られた挙句、もう出ないのに無理矢理勃たせて突っ込んで、がっつんがっつん騎乗位されたのなんて――別に気にしてないさ」
「やっぱり怒ってんじゃねえかぁっ」
「怒ってない。怒ってはいないけど――まじで怖かったんだぞ!」

 その時の恐怖を思い出したのか、日向はぶるりと身体を震わせる。

「滅茶苦茶にしてって強請ってたお前が、いきなり豹変して騎乗位だぞ? がっつんがっつん動くし、腰振るし。気持ち良過ぎて逆に苦痛だったぞ! 過度の快楽は毒だって、身を以て知ったよ」
「っだああああっ! ちょっと飛んでたんだよ、頭が!」
「飛んだくらいでああなるか! 実はお前、超高校級の男娼とかじゃ」
「ねえよ! メカニックだよ! 紛う事無きメカニックだよ!」
「じゃあ、超高校級のSMプレイヤー」
「じゃねえよ! メカニックっつってんだろ! 解体するぞ!」
「あっ、怖い! 今はSだS!」
「SでもMでも――いや、ううん」
「其処は否定しろよ!」
「いやあ――お前に乱暴されんのも良かったし、騎乗位でお前を苛めんのも楽しかったしなあ」
「えっ」
「えっ? あっ――」

 絶句する日向を見て、左右田は己の失言に気付く。しかし彼は、日向を責めるように睨んだ。

「――お前が悪いんだからな」

 そう言って左右田は困ったような、悲しんでいるような表情を浮かべる。

「お、お前があんな激しくすっから――そういうのに目覚めちまったんだぞ!」
「ええっ――左右田にその気があっただけじゃないのか?」
「うっ」
「それに、仮に俺の所為でMっ気に目覚めてしまったとしてもだ。Sっ気は何だよ、俺に非はないだろ」
「うぐっ」

 日向に適切な言弾を撃ち込まれ、左右田は悔しそうに唸るも――彼は諦めず、再び日向に噛み付いた。

「え、SもMも表裏一体って言うだろうがぁっ! 兎に角っ、お前の所為なんだよ、責任取れよ!」
「そんな滅茶苦茶な」
「うっせうっせ! 大体、俺――もう、お前無しじゃ生きてけねえよぉっ」

 先程までの威勢が嘘だったかのようにしおらしくなり、左右田は目を潤ませて日向を見る。惚れた弱みというべきか、日向はそんな彼にきゅんとときめいた。

「お、俺無しじゃ生きていけないって――どういう意味だ?」

 期待と不安を込めて、日向が恐る恐る尋ねる。すると左右田は頬を紅潮させ、恥ずかしそうに口を開いた。

「そ、そんなの決まってんだろ。お前のことが、その――そういう意味で好きになっちまったんだよ!」
「そういう意味じゃ判らないなあ」
「っ、だああああっ! 友情じゃねえ方だよ、愛だよ愛! 性格悪ぃなあおい!」

 予想通りの答えに、日向は心の中で歓喜の五体投地を決めたが、表面上は冷静に振る舞っていた。
 しかし彼は次の左右田の発言で、その飄々たる表情を崩すこととなる。

「だって俺、お前を滅茶苦茶にしたいしされてえもん」
「――はい?」
「それにさ、お前に中出しされると、何かこう――きゅんとするんだよ、胸が。多分、これが恋ってやつなんだと思う」
「いや、ちょっと違」
「俺ずっと、ソニアさんに恋してるって思ってたけど――何か違うんだよ、それと。何つうか、その――腹の底から湧き上がってくる得体の知れない衝動というか本能というかが日向が欲しいと俺を苛んでくるんだ」
「えっ? ちょっ、落ち着」
「惨めで無様で哀れなくらい滅茶苦茶にされてえし、泣いて善がって気絶するまでお前を逝かせてやりてえし、好きで好きで堪んなくて――嗚呼、これが恋なんだなあ」

 はああ――と、甘い溜め息を吐きながら、左右田は我が身を抱き締め、日向のことを愛おしげに見詰めた。
 日向は思った。希望について語る時の狛枝凪斗みたいだなあ――と。そう言ったら間違いなく酷い目に遭わされる気がしたので、日向は何も言わずに左右田を見詰め返した。賢明な判断である。

「兎に角だな、そういう訳だから――全部お前が悪いし、責任を取るべきなんだよ」

 纏め方はいまいちだが、左右田は至極真面目に訴える。


 確かに――今までの流れを振り返ってみれば、日向が大体悪かった。
 性欲の発散方法を相談しようとして、左右田のコテージへ夜に突撃した挙句――うっかり欲情して左右田を美味しく戴き、剰え左右田に惚れてしまって――お近付きになる為に、職権乱用までして採集場所を同じにし――自業自得で殺され掛けたところを逆に襲い、左右田を雰囲気で流して美味しく戴いて――ちょっとしたことで切れて乱暴を働き、登ってはいけない階段を左右田に登らせてしまい――尚且つ、日向に惚れさせてしまったのだ。


 思い返してみると、本当にとんでもない流れである。人間いつどうなるか判らないという、人生の複雑怪奇さを如実に物語っているようだ。
 そして、その複雑怪奇な人生の当事者である日向は、もう一人の当事者――という名の被害者――である左右田の訴えを聞き、最良の答えを導き出した。

「目覚めてしまったことに関しては治しようがないけど、俺は責任を取って――お前と付き合うぞ」
「ほ、本当か? 本当だよな? 裏切ったら解体するからな?」
「裏切る訳ないだろ。お前に『愛してる』と言ったあの時から、俺はお前とそういう関係に成りたかったんだから」
「えっ? そんなこと言われたっけ」
「余計なことは覚えていて、肝心なことは覚えてないんだな」
「余計なこととは何だよ、強制手扱き精液酔い醒ましパンツ脱がせ魔ぺてん師野郎」
「それだよ! そんな余計なことを覚えていて、何で俺の『愛してる』を覚えてないんだよ! そんなの絶対可笑しいぞ!」
「五月蠅えなあ、じゃあ今からちゃんと言ってくれよ。俺に、愛してるって」

 さらりと、とんでもないことを宣った左右田に、日向は辛うじて残っていた羞恥心らしきものを思い出し、顔を真っ赤にして唸った。しかし左右田は、容赦なく日向を見据える。

「ほら、愛してるって言えよ。さっき連呼してたじゃねえか」
「あ、う、あの」
「ほら、早く早く。Harry harry harry!」
「ちょっ、何かそれ怖いから止めろ!」
「なら早く言えよ、ほら」

 じっと見詰めてくる左右田の視線を一身に受け、日向は更に顔を赤く染めて唸る。
 暫くそうして唸り続けた日向だったが、漸く覚悟を決めたのか――左右田を見詰め返し、深呼吸をしてから一言、彼へ想いを告げた。

「――愛してる」

 意外なくらい真剣で真摯的な態度で言われ、先程までの余裕が一気に掻き消された左右田は、日向と同じくらい顔を真っ赤にして、おう――と小さな返事をした。

「おう、じゃなくてさ。お前も何か言ってくれよ」
「えっ?」

 さっきのお返しとばかりに、日向は意地悪そうに笑みながら、左右田の腕を肘で小突いた。小突かれた彼は、爆発するのではないかというくらい顔を真紅に染め、口を噤んで日向から視線を逸らす。

「コッチヲ見ロォ」
「へっ、変な声出すなよ! まじで怖えよ、泣くぞ!」
「じゃあ何か言ってくれよ、ほら」
「ぐぬぬ――」

 左右田は恥ずかしそうに唸ると、ちらりと日向へ視線を向け、また逸らす。そして、何かを決めたように再び日向を見て――ちゅっ、と。日向の唇に自分のそれを押し当てた。
 目を丸くして眼前の左右田を凝視する日向に、彼はまた目を逸らしてぽつりと呟いた。

「に――肉体、言語。こっ、こここれ以上は無理だかんな!」

 これ以上のことを遣らかし済みな左右田であるが、まるで初めて口付けを交わした生娘のような反応を示した。心は処女で身体は何とやらである。
 そして、そういういつまでも初な床上手は、昔から男に好かれるものでして――。

「――左右田」

 ぎゅっと、日向は力強く――それでいて優しく、左右田の身体を抱き締めた。

「ひ、日向っ?」
「もう、絶対逃がしてやらないからな」

 ぐりぐりと左右田に頬擦りし、日向は満足そうに囁く。左右田は照れたような笑みを浮かべて、それは俺の台詞だぜ――と言い、いつものようにけらけらと笑った。

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