A

 その瞬間、左右田の脳裏にあの時の――酔っ払っていた時の記憶が、朧気にだが蘇った。どうやらあの時と同じようにキスから始まった為、あの流れを思い出してしまったらしい。
 思い出してしまった左右田は、記憶を一つずつ確認していく。どうなって、ああなって、日向とそうなってしまったのかを。その時の心境や、身体の状態なども。
 そして左右田は、一つの答えを出した。それは――。

「――うにゃあっ!!」
「げふぅっ」

 日向を殴り飛ばすことだった。
 奇声を発した左右田の拳は、日向の脇腹に減り込んだ。しかしそれだけで勢いは止まらず、日向は地面をごろごろと転がる羽目になる。
 日向には判らなかった、何故行き成り殴られたのか。
 しかも脇腹を。内臓が逝ってしまうではないか――と涙目になりながら、よろよろと起き上がった日向は左右田を見た。左右田は膝を抱えて地面に座り、日向を睨んでいる。

「そ、左右田――何で、殴ったんだ」

 選りに選って脇腹を――と、日向は嘆いた。どうやらかなり痛かったらしい。左右田は少し申し訳なさそうにしつつ、それでも俺は悪くないと言わんばかりに日向を睨む。

「この前の、抵抗出来なかった分だ。馬鹿っ」
「抵抗って、お前――無抵抗だったじゃないか」
「うっせうっせ! 酔っ払いを襲うような変態野郎に、どうこう言う権利はねえんだよ。思い出したからな、今は脱がさないとか嘘吐きやがって」
「嘘だなんてそんな」
「五月蠅え、変態ぺてん師」

 そう言って左右田は自身の膝に額を付けた。必然的に俯く形となり、日向は左右田の、左右田は日向の表情が見えなくなる。

「怒るなよ、前後不覚なお前を襲ったことは謝るから。でも――俺の愛は本物だし、反省はしても後悔はしてないからな」

 どや顔で宣う日向であったが、残念なことに左右田はそれを見ていない。俯いたまま黙りを決め込んでいる。

「左右田?」

 日向は恐る恐る左右田に近寄り、彼の肩をちょんと突いてみた。すると左右田は顔を上げ、日向を一瞥し――目だけではなく顔ごと背けた。その態度に軽く傷付いた日向は、更に左右田へ近寄る。

「許してくれよ、なあ――って、えっ?」

 ぴたりと身体が触れ合うくらいに近寄ったことで、日向は気付いた。左右田の顔が真っ赤に染まっていることに。しかもそれは、怒りや憎しみ故のものではなさそうである。
 つまりこれは――。

「――もしかして、照れてる?」

 日向が尋ねると、左右田は肩をぴくんと跳ねさせてから、恥ずかしそうに小さく頷いた。

「そ――そりゃあ、照れるだろ。あ、あんなことしちまってよお。しかも案外、その――わ、悪くなかったし」

 そう言ってもじもじと身動ぐ左右田を見て、日向の心臓はきゅんと締め付けられる。
 可愛いと、日向は思った。
 さっき脇腹を殴られたことを忘れ、日向は左右田を抱き竦め、彼の唇に再び口付けをした。また殴るかと思われたが、左右田は温和しくその口付けを受け入れている。
 これはいけるんじゃなかろうか――と、日向は某低身長の希望さん並みな前向きさで確信した。

「なあ、悪くなかったなら――やらないか?」

 左右田の耳元に顔を寄せて囁くと、日向は某うほっな良い男のような決め顔をした。すると左右田は、あからさまに嫌そうな顔をする。

「お前って性欲の権化? よくもまあ、そんなに発情してられんな」
「それについては否定しない」
「いや、少しはしろよ」
「やだ。それより――なあ」

 日向が厭らしく淫らな手付きで、左右田の胸や腹を撫で回した。途端にぴくりと、左右田の口角が引き攣り上がる。

「――お前まさか、此処でやらかすつもりか?」
「ああ!」

 ぐっと親指を立てて、日向はにこりと清々しい爽やかな笑みを零す。左右田はそんな日向の頬を抓み、ぐいと捩って引っ張った。

「いっ――いひゃいろ、そうらぁっ」
「お前、まじで馬鹿じゃねえの。今は何の時間だよ、此処は何処だよ」
「ひゃいひゅうのじかんれひゅ、こうろうれひゅ」
「そうだよ。今は採集の時間で、此処は坑道なんだよ。盛ってる時分じゃねえし、場所じゃねえだろ」

 そう言って溜め息を吐いた左右田は、頬を抓っていた手を離し、その手を自身の額に添えた。

「ああ――もう、お前いつから非常識な人間になっちまったんだよ。何で俺がお前のこと諫めてんの? 今まで逆だったじゃねえか」
「人間もな、獣なんだ。性欲の前には理性なんて、糞以下の存在に成り下がるんだよ」
「その性欲を少しで良いから昇華してくれよ」
「性欲を消化吸収したら、益々むらむらするじゃないか」
「漢字が違えよ馬鹿!」

 もう知らねえ、こんな馬鹿野郎――と言いながら左右田は立ち上がり、先程日向に放り投げられた鶴嘴を拾った。

「えっ、何をする気だ」
「何って、採集に決まってんだろ」

 そう言うや否や、左右田は日向を放置して壁を掘り始めた。まさか普通に採集を再開するとは思っていなかった日向は、内心かなり動揺した。
 そして同時に思った、酷過ぎると。
 息子は臨戦態勢だというのに、このまま放置なんて生殺しにも程がある。
 勝手に発情した日向が悪いのだが、彼は自分の非に気付かない。気付かないので、彼は立ち上がった。立ち上がって――左右田を後ろから抱き竦めた。
 ひっ――と、左右田の喉から小さな悲鳴が漏れ、彼は持っていた鶴嘴を落としてしまった。
 驚いて硬直している左右田の隙を狙い、日向がじじじ――と、彼のつなぎ服のファスナーを下げていく。汗ばんだ左右田のシャツが外気と接触して、仄かに鉄と機械油の匂いを発する。

「なっ――なっ、お前っ。何を、して」
「一回だけで良いから頼むよ。俺達、ソウルフレンドだろ?」
「そっ、そんなことを強要してくるソウルフレンドが居るかぁっ!」
「先っぽだけで良いから!」
「そう言う奴は大抵、根元まで突っ込んでくるんだよ!」

 日向はぎゃんぎゃんと喚く左右田の尻へ、黙れと言わんばかりに勃起した陰茎を押し当てた。服越しに伝わってくる熱と硬度に恐怖し、左右田がまた小さな悲鳴を上げる。

「なあ、判るだろ? こんなになってるんだよ、お前の所為で」
「せっ、せせ責任転嫁すんじゃねえよ! お、お前が勝手に欲情したんだろうがぁっ」

 ぶるぶると恐れ慄く左右田をあやすように腹を撫でてやりながら、日向は腰を前後に動かして、自身の陰茎を左右田の尻にぐりぐりと押し当てた。
 まるで本当に突っ込まれ、後ろから攻め立てられているかのようで――左右田は、あの時のことを思い出してしまった。
 男なのに男に犯される感覚。酔いが回っていた所為で不明瞭な記憶だが、屈辱的で背徳的で――官能的で、今まで経験したことのない未知なる感覚であったことを。
 それを思い出して不覚にも、彼は少しだけ興奮してしまった。
 そして少しだけ、思ってしまった。
 あの感覚を、はっきりと脳に刻み付けてみたい――と。

「――ひ、日向ぁっ」

 弱々しい、今にも泣きそうな――それでいて妙に力強い、艶を孕んだ声音で名前を呼び、左右田が後ろに居る日向へ顔を向ける。薄暗い中でも判るくらいに彼は頬を紅潮させ、熱を帯びた潤んだ瞳で日向を見詰めていた。
 ごくりと、日向は唾を飲む。

「ど、どうした?」

 何となく答えは判っていたが、それでも日向は聞かずにはいられなかった。
 問われた左右田は目を伏せ、再び日向を見ると――ぞっとするくらいの媚笑を湛えながら、己の唇を舌で舐め、一回だけなら――と囁いて、また目を伏せた。
 ぷつりと、髪より細い日向の理性が切れた。

「そ、左右田――」

 日向は歓喜に打ち震えながら、左右田の身体を優しく撫で回す。撫で回しながら、乱暴に左右田のつなぎ服を脱がそうとし始めた。それに焦った左右田が、慌てて日向を窘める。

「ち――ちょっと待ってくれよ。これ一張羅だから乱暴にすんなって。自分で脱ぐから、ちょっと落ち着けっ。あと離れろ、脱げねえ」
「あっ、ああ――ごめん」

 主導権が完全に左右田へ移ってしまったようで、日向は言われるままに離れ、飼い主の「待て」を守る忠犬のように、左右田の「良し」を待ち始めた。
 嗚呼、あの頼れるソウルフレンドは何処へ逝ってしまったのだ――と胸中で嘆く左右田であったが、それでも彼が自分の「良し」を待っているのが少し愛おしくて――これはこれで良いかも知れないと、驚異的な適応能力で現状を許容した。
 びびりでへたれ気味な左右田だが、案外胆は据わっているのかも知れない。


 中途半端に下ろされたファスナーを抓み、左右田はそれを完全に下ろした。そしてつなぎ服の肩口辺りを掴み、腕を袖から引き抜く。
 するすると、衣擦れの音を立てながら服を脱いでいく左右田を見て、蛹が羽化して蝶に成る過程を見ているようだ――と、日向は不思議な感動を覚えた。
 穴が空くのではないかと云うくらい見てくる日向を無視し、何とかつなぎ服を脱いだ左右田は、脱いだ服を折り畳んで、そっと地面に置いた。妙にきっちりしている様子が、今の現状とこれからの展開にそぐわなくて――少し滑稽である。

「――えっ、と。やっぱりこれも、脱がなきゃ駄目だよな?」

 服を置いた左右田は、恥ずかしそうに日向へ視線を向けて、自身のパンツを軽く摘んだ。

「いや、脱がなくても良いぞ」
「まじで?」
「パンツの隙間から突っ込むから」
「あっはい脱ぎますね」

 先程の恥じらいは何だったのかというくらいに、左右田はあっさりとパンツを脱ぎ捨てた。身体は穢されても、パンツは汚されたくないらしい。
 しかし――矢張り恥ずかしいのか、自身の手で股間を隠している。その無駄な抵抗が、日向の加虐心に再び火を付けてしまった。

「隠すなよ、俺達男同士じゃないか」
「いやあ、やっぱり恥ずかしいっつうか」
「これからもっと恥ずかしいことをするのにか?」

 厭らしく笑みながら宣う日向に、左右田は困ったように眉を顰め、怖ず怖ずと股間を隠していた手を退けた。果して其処には――少し勃ち上がりかけた、左右田の御立派様が股間に御座した。

「そ――左右田が勃起してるぅっ!」
「何で其処に驚いてんだよ! 俺だって男なんだから、勃起の一つや二つするっつうの!」
「いやあ、この前全く勃っていなかったから」
「あれはあれ、今は今!」

 余計なことを抜かしてる間があるなら、さっさと犯ること犯りやがれ――と怒鳴り、左右田は日向を睨み付けた。
 睨んではいるものの、顔が真っ赤な上に涙目なので、全く怖くなかった。いや寧ろ、虚勢を張っている様が愛らしく――日向の心臓がとくんと高鳴る。

「じゃあ、遠慮なく」
「お、おう」

 左右田からの「良し」を貰った日向が、獲物を狙う肉食獣のような目をしながら左右田に躙り寄った。すると突然、左右田があっと声を上げる。

「シャツまだ脱いでねえ」
「いや、それはそのままで。その方が興奮する」
「お前、そんな特殊性癖があったのか」
「骨格フェチにだけは言われたくない、切実に」

 そう言いながら日向はズボンのポケットに手を突っ込み、明らかにポケットの容量を超えた質量のミネラルウォーターと、この前と同じ潤滑剤を取り出した。

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