A

 
「そう、か――両方か、その発想はなかったわ」
「やっぱり固――いや、発想力が乏しいね」
「う、うっせうっせ! 大体お前が俺をいきなり襲ったのが悪い! だから、身体を好きになったのかなあ――って勘違いしちまったりすんだよ! そういうのは、段階というものを踏んでからやるもんだろ!」
「左右田君って、意外に純情というか――初なんだね。僕のあれを舐めた割には」

 舐めてと言ったのはそっちだろうが。

「おっ――お前が強要したんだろぉっ!」
「強要じゃないよ、お願いしただけだよ。それに――銜えてなんて言ってないのに、君は嬉々として銜えたよね」
「きっ、嬉々となんかしてねえ! お前の願望が見せた幻覚だ!」
「果してそうかな?」

 意味深長な笑みを湛え、狛枝は俺の顔にずいと自分のそれを寄せる。目と鼻の先には狛枝の顔があって、何だか段々俺の顔が熱くなってきた。

「ど、どういう意味だよ」
「自覚がないみたいだから言うけどね、あの時の左右田君――凄く厭らしい顔してたよ」

 今みたいにね――と付け足して、然も愉快そうに狛枝が笑む。
 嘘だと思いたかったが、自分の表情など判る筈もなく――嗚呼、また顔が熱くなってきた。このままでは本当に火が出そうだ。

「あはっ、やっぱり可愛いなあ左右田君は。うん、可愛い」

 可愛い可愛いと連呼するな。
 大体、俺の何処が可愛いというのだ。自慢じゃあないが、俺の顔は一般的人間のそれより遥かに悪いぞ。悪人面的な意味で。しかも男だぞ、可愛い要素など皆無ではないか。

「かっ、可愛いって言うな」
「あははっ、そういうところも可愛いね」

 そういうところとは、如何なるところ也や?

「わっ――訳、判んねえ。目ぇ腐ってんじゃねえの?」
「腐ってなんかいないよ。僕の眼球は君を捉え、網膜は君の姿を投射し、視神経を経由して、ちゃんと脳へ視覚情報を送っているよ」
「どうだかねえ」
「本当だよ。だって今も、君のはにかんだ笑顔が見」
「はにかんでねえし笑ってねえ!」

 むぎゃあああ、と奇声を上げながらべしべしと狛枝の胸を叩くと、奴は俺の両手首を掴んで押さえ込んだ。押し倒されている状態なので、必然的に寝台へ押さえ込まれる形になる訳で――。

「――左右田君、もう食べて良いかな?」

 などと言いながら、反論は許さないと言わんばかりに、狛枝が俺の唇へ噛み付くようなキスを落とす。だから性急過ぎるって――俺は狛枝の手を振り払って奴の胸を押し、無理矢理引き剥がした。すると狛枝が、涙ぐみながら俺に訴える。

「ひ、酷いよ左右田君っ。さっきからお預けばかりじゃないか、生殺しだよ。僕のこと好きなんでしょ?」

 強請るように擦り寄ってくる狛枝を見ていたら、俺の中からとある感情が湧き上がってきた。羞恥という名の、厄介な感情が。

「べべっ、別にお前のことなんて、好きじゃねえし!」
「さっきと言ってることが違うよぉ」
「うっ、うっせうっせ! 本当は好きだけど――いや、好きじゃねえ!」
「そ、左右田君ってさ、天然とツンデレを拗らせてるんだね」
「俺は天然じゃねえし、ツンデレでもねえよ! 馬鹿枝!」

 ああもう、自分でも何を言っているのか判らない。何が言いたいのか判らない。
 好きだけど、認めたくないというか――恥ずかしいというか、どう表現すれば良いのか判らない。そりゃあ俺も、狛枝と色々してみたいけれども――。

「それに賛成だよ」

 ――はい?
 狛枝を見る。奴はどや顔で、俺のことを見詰めていた。

「僕と色々してみたいんだよね? 良いじゃない、素直になろうよ。僕も左右田君と色々したい」

 此奴、まさか――。

「まっ、また俺の心ん中を読みやがったなぁっ!」
「それは違うよ。これは『ココロンパ』だよ、僕はエスパーじゃない」

 エスパーだろうが何だろうが関係ない。勝手に心の中を読んで、剰え同意しやがって――嗚呼、恥ずかしい。

「恥ずか死にたい」
「僕より先に死なないでよ」

 約束したじゃない――と、狛枝が悲しそうに呟いた。
 冗談が通じないのか、此奴には。
 ――いや、此奴は真剣なのか。真剣に、俺が死ぬことを恐れているのか。そりゃそうだ、大事なものを喪うのは――苦しい。況してや此奴は、その苦しさを知っている人間だ。冗談でも、死にたいなんて言うべきではなかった。

「悪ぃ。ちゃんと、生きるから」
「――うん、絶対だからね」

 俺の答えが嬉しいかったのか、狛枝はいつもの意味深長な笑みではなく、無邪気な笑みを浮かべていて――きゅんと、俺の胸が高鳴った。
 くっそ、可愛い。此奴は俺のことを可愛いなどとほざくが、此奴の方が可愛い。絶対可愛い。超可愛い。
 どうしようもなく愛おしさが込み上げてきて、俺はぎゅうっと狛枝を抱き締めてやった。奴はふえっと間抜けな声を上げ、覆い被さる形で俺に伸し掛かった。狛枝の顔が、すぐ横に在る。俺は少しだけ首を傾け、奴の耳元で囁いてやった。

「――お、お前の好きに、しても良いぜ」

 ごくりと、狛枝が唾を飲んだ音がした。




――――




 ――どうしてこうなった。
 俺の脳内は、それで埋め尽くされていた。
 服を脱いでと言われたので起き上がり、恥ずかしさを我慢しながらつなぎ服を脱いだら――仰向けに寝転がされ、いきなりパンツを脱がされた挙句、思い切り股を開かされた。
 そして今、俺は危機に瀕している。
 俺の股の間に居座った狛枝が、自身の上着のポケットからボトルを取り出し、中身を手にぶっ掛けている。それは粘着質な液体のようで、狛枝が手遊びする度にどろりと糸を引いている。
 何だかとても、嫌な予感がする。

「こ、狛枝ぁっ。何をするつもりなのか、なあ?」
「何だろうね、当ててみてよ」

 するりと俺の質問を躱し、狛枝が愉しそうに液体を弄ぶ。そして――ぬるりと、俺の内腿をその手で撫でた。瞬間、背筋を悪寒のようなものが疾り、俺の全身が戦慄いた。

「こっ、ここ狛枝さん? あの、まじで何をする気ですか?」
「何だろうねえ」

 ふふふと笑いながら、狛枝は俺の内腿に手を這わせていく。段々と、いけないところに近付いていっている気がする。いや、気がするじゃない。確実に近付いてる――。

「――左右田君」

 ぴたりと。俺の排泄孔に、狛枝の濡れた指先が触れる。
 この先の展開を予想出来ない程、俺は馬鹿ではないし無知ではない。これは、確実に俺が――犯される側だ。

「は――え、えっ? こまっ、狛枝? 何で?」
「何でって、慣らさなきゃ痛いよ?」
「お、俺がされる方なの?」
「えっ」
「えっ」

 えっ?

「す――好きにして良いって言ったから、そうなのかと思ったんだけど」

 違ったの? と、困惑を隠さずに狛枝が言った。
 ――ああ、そういうことか。
 俺は勘違いをしていた。幾ら可愛い面をしていても、此奴はやっぱり男だったのだ。そりゃあ、犯されるより犯したいだろう。俺だってそうだ。


 ――扨、どうしたものかね。
 好きにして良いと言った手前、今更やっぱりやだ――なんて言ったら、流石の狛枝も本気で泣く気がする。
 だが怖い。本来其処は、そういう目的で使われる器官じゃないのだぞ。そんなところに指やらあれやら突っ込まれたら――死ぬんじゃなかろうか。
 恐る恐る、狛枝の様子を窺う。奴は捨てられそうな子犬の目で、俺に縋るような視線を向けていた。
 くっそ、可愛い。
 矢張り駄目だ、泣かせたくない。覚悟だ、覚悟を決めるのだ左右田和一。俺なら出来る、狛枝を受け入れてやれる。頑張れ、超頑張れ。
 童貞よりも先に処女喪失するけど頑張れ。あっ、泣きそう。

「――ち、違わねえよ。お前の好きに――し、してくれっ」

 言えた、俺は言えたぞ。様々な葛藤を乗り越え、俺は言えたぞ狛枝――って、おや?
 先程まで子犬のように愛らしかった筈の狛枝が、猛獣のような眼光で俺を見据えている。どうした、一体何が起こった。
 俺が内心狼狽していると、狛枝が興奮を押さえ込むような吐息を漏らし、震えた声を上げた。

「そんな顔で、そんなこと言われたら――僕、加減出来なくなっちゃうよ」

 そんな顔って何だよ――と聞く前に、狛枝の指が俺の排泄孔に挿入ってきた。突然挿入り込んで来た異物に驚き、肺から空気が全て抜け出てしまった。中を探るように腸壁を撫でられて、ぞわぞわとした得体の知れない感覚が、腹の辺りから込み上げてくる。

「は、はぅぁっ――こ、狛枝ぁっ――怖い、何かぞわぞわするっ。ちょっと、抜いてっ」

 そう訴えながら狛枝の身体に足を擦り付けると、奴は俺の足を持ち上げ、膝に口付けを落とし――べろりと、舌で舐めやがった。
 刹那。びりびりとした痺れが足に疾り、腰がずくりと疼いた。やばい、今のは気持ち良かった。
 俺の微かな反応で悟ったのか、狛枝は俺の膝を舐め――がぶりと膝に甘噛みをした。はあ――と息が漏れ、快感に全身が震える。

「――中、締まったね。気持ち良いの?」

 がじがじと、肉を貪るように俺の膝や太腿を甘噛みしながら、狛枝が淫猥な笑みを浮かべた。それと同時に、俺の中に挿入っていた奴の指の本数が増え――ぐちゅぐちゅと、腸壁を掻き撫でる。そのぞわぞわとした感覚が、甘噛みの気持ち良さと相俟って、俺の思考を混濁させていった。

「っ、うぅぅっ――訳、判んねえっ。変になるっ、怖いっ、止めてっ」

 俺が涙目になって懇願しても、狛枝は止めようとはしなかった。いや寧ろ――興奮しているのか? 先程よりも噛む力が強くなっているし、中で暴れる指も激しくなっている。
 何故だ、何故俺の言うことを聞いてくれないのだ。怖いと言っているのに、何故だ。

「こ、狛枝――」
「――左右田君」

 つぷり、と。指が引き抜かれた。
 ああ、やっと言うことを聞いてくれた。そう思って安堵していると、狛枝が自身のズボンを下ろして――あの時に見た御立派様が、勃起して其処に御座した。
 ――あっ、これは拙い流れだ。
 そう確信したと同時に、狛枝の御立派様が俺の排泄孔に宛行われ――ぐっと、中に侵入してきた。
 ぎにゃああああああああ――と、俺は胸中で叫んだ。実際に叫んだら、異変を聞き付けた誰かがやって来るかも知れないからである。もしそうなれば、この状態を見られてしまう訳で――それだけは絶対に避けたかった。
 疚しいとか、恥ずかしい云々もあるが――何となく、狛枝を見られたくないと思ったのだ。普段の飄々たる様子が鳴りを潜めた、雄の本能を剥き出しにしている狛枝を、自分だけのものに――って、俺は一体何を考えているのだ。今のは無し。疚しいし恥ずかしいからだ、うん。
 そう心の中で結論付けている最中も、狛枝は俺の中へ中へと陰茎を押し込んでいる。凄まじい圧迫感と違和感に、油断するととんでもない声が出てしまいそうになる。だが、出す訳にはいかない。俺はシーツを掴み、必死に堪えた。

「――っ、ふぅっ――んんっ――」

 叫ばないようにと口を噤むも、鼻から声が漏れ出てしまう。熱い、でかい、苦しい――。

「――左右田君って、淫らだね」

 俺は必死に堪えているというのに、何故そんなことを言われなければならないのだ。
 悲しいやら苦しいやらで、俺は無言で泣いた。すると狛枝がぐっと俺に伸し掛かり、俺の顔に自分の顔を寄せた。必然的に結合が深くなり、狛枝の陰茎が中へ挿入り込み――俺の肌と奴の肌が密着する。
 ああ、完全に挿入ったようだ。とても苦しい、熱い、死にそう。

[ 151/256 ]

[*戻る] [進む#]
[目次]
[栞を挟む]


戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -