決勝トーナメントはつつがなく進んでいった。
 チームカエサル・FFAL4の両者は、ともに順調に勝利をあげていった。両チームとも、ストレートに勝利し、大将までがフィールドに登場することはなかった。
 準決勝までをモニターから観戦し、FFAL4――特に、鳴海アサカ――の実力を確認していたミカゲは、やはり自分たちとの戦いの時にだけ、鳴海アサカに手を抜かれていたのだと悟る。結局、ここまでの間に雀ヶ森レンがファイトを披露したのは、ミカゲ率いるチームアクシスと当たった一回戦のみだ。
 鳴海アサカが手を抜いたのは、恐らく自分とレンをファイトさせるためだ――ミカゲはそう考えるが、一体何のために、とすぐに次の疑問が湧いてくる。そんなことをして、FFAL4に一体何のメリットがあるのか。ミカゲには考えても分かりそうもなかった。

「……決勝は、AL4とカエサル……」

 会場に響くMCの実況が、次の対戦カードを告げる。沸く会場の様子をモニターで見ているミカゲは、眉間に皺を寄せて小さく呟くと、唇を噛んだ。
 本当なら、決勝戦でチームカエサルと優勝を争うのは、自分のチームのはずだった。そして今年は、再び優勝者に返り咲くはずだった。ミカゲは拳を握り締める。自分が勝っていたら、二回戦、準優勝、そして決勝と駒を進められたはずだった。
 悔やんでも悔やみきれないと、ミカゲは自分の太腿を右手で叩く。そんなことをしても、負けた事実は覆ることはないと知りながら。

「……光定さん。頑張って」

 祈るような気持ちで、ミカゲはモニターを見つめた。自分を下した男を、この場で光定に倒してほしい。
 チームカエサルとFFAL4のメンバーがそれぞれフィールドに並び、そのまま先鋒戦に移る。
 先鋒は一回戦の時と同じく、鳴海アサカが務めるようだ。中堅は新城テツ、そして大将は雀ヶ森レン。ここまでのFFAL4の試合を見る限り、四人組のチームであるFFAL4は、先鋒を鳴海アサカと白髪の少年・矢作キョウが交代で担当しているのだろう。今回出番のないキョウはつまらなさそうに腕を組んでいる。

「先鋒戦、チームカエサル・臼井ガイ対チームAL4・鳴海アサカ! 試合開始!」
「スタンドアップ・ヴァンガード」
「スタンドアップ・ヴァンガード!」

 決勝戦が幕を開ける。全員がディメンジョンポリスの使い手であるチームカエサルと、それぞれ違うクランを使うチームAL4。どちらも実力は確かなチームだ。
 ほぼ無敗の期待の新星・チームAL4が優勝をもぎ取るのか、それとも前回優勝のチームカエサルが意地を見せるのか。観客も、衛星中継の視聴者も――この国のファイター全てが、この戦いの結末を見守っている。



 先鋒戦、鳴海アサカ対臼井ガイ。互いにダメージ五まで追い詰めるも、堅実な戦術を取るガイを鳴海アサカのトリッキーなファイトが制した。
 そして中堅戦。新城テツ対臼井ユリ。新城テツの堅実ながら大胆なスタイルのファイトは、確実にユリを追い詰めていった。ユリも自分の返しのターンで負けじと攻めはしたものの、六点目のダメージを与えるには一歩及ばず。そして――

「アモンでアタック。アモンはスキルによりパワーがプラス8000されている。さらにブーストによりパワープラス8000」
「……、防げない。トリガーに懸けるわ、ノーガード!」
「ドライブチェック」

 ミカゲは自分の目を疑うような気持ちで、それを見ていた。あまりにもあっけなく、大将戦が行われることさえなく、全国大会の決勝が終わろうとしている。
 新城テツのツインドライブのチェックが終わる。ダメ押しのドロートリガーで、まだスタンド状態のリアガードのパワーがさらに底上げされた。ユリがここでヒールトリガーを引いたとしても、もう一度アタックが飛んでくる。引けなければ、終わりだ。

「ダメージチェック。……来て!」
「……。どうやら、勝負は俺が制したようだな」

 新城テツは笑っていた。ユリが捲ったカードに、トリガーアイコンはない。
 静寂。ミカゲも、チームカエサルも、観客も。誰もがこの結末に驚いている。

「……勝者、チームAL4・新城テツ!」
「決まったぁー! 決まりました! ヴァンガードチャンピオンシップ・秋の全国大会決勝戦、初出場のチームフー・ファイターAL4が、なんとストレート勝ちでチームカエサルを下したー!」

 審判のコールと、MCの実況で会場は一気に沸き立つ。
 ミカゲの知る限り、大将戦の行われない決勝戦など例がない。全国大会の決勝ともなれば、拮抗した実力を持つファイターたちが、互いに凌ぎを削るようなファイトを繰り広げるからだ。
 それにも関わらず、FFAL4は一回戦の先鋒戦以外は一切の負けを見せず、全ての試合をストレート勝ちで済ませている。唯一の敗戦が明らかな手抜きであった以上、彼らが実力を以て臨んだファイトは全戦全勝というわけだ。
 華々しい戦績を飾ったFFAL4は、閉会式を待つ観客たちから空が割れんばかりのコールを送られている。二大会前はミカゲたちに、前回は光定たちに送られていたそのコールは、以前に比べて大きく響き渡っているように、ミカゲには思えた。
 スタジアム内部で待機している決勝トーナメント進出者を呼び出すアナウンスが流れると、ミカゲはフィールドへ向かった。

「あっ、ミカゲさん」
「……チームカエサル」

 ミカゲがフィールドに出ると、チームカエサルの面々がミカゲに近づいて来る。その表情は、皆が沈んだ様子だ。光定の後ろに控える二人は、特に。

「お疲れ様」
「ありがとう。えっと、チームアクシスもお疲れ様」
「準優勝チームなのに、こんなところにいていいの? もうすぐ閉会式、始まるんじゃ」
「どうしてもミカゲさんと話したくてね。まだ少しあるから、ここで待ってたんだ」
「そう……。ごめんなさい、必ず戦おうって言ってたのに」

 ミカゲは言いながら俯いた。前々回優勝、前回準優勝の肩書きに慢心していたと言われても反論できないほど、ひどい戦績を残してしまったことが悔しかった。

「AL4との対戦、チームアクシスは善戦していたじゃないか。……僕らは手も足も出せなかった」
「でも、全力を尽くしても、全く及ばなかった。納得いかないくらい、散々にやられたわ。……悔しい」
「うん。だから、次は必ずAL4に勝とう。次の大会で優勝するのは、僕らかミカゲさんたちだ」

 光定はミカゲの右手を両手で包むようにして握ると、勢いよく縦に振る。
 それをぼうっと見つめるミカゲの頭を過ぎったのは、一回戦のフィールドで雀ヶ森レンが放った言葉だった。
 ――宣言しましょう。ここが君の最後の戦いの舞台になるってね。
 いやに纒わりつくような声が、やけに鮮明にミカゲの脳内で繰り返される。あの時は馬鹿らしいと思ったはずなのに、なぜこの言葉がこんなに質量を持っているのか、ミカゲには分かりそうもなかった。

「……次、ね」
「ミカゲさん?」
「いいえ。次、そう、必ず次は勝つわ」

 うん、と光定が頷く。あの雀ヶ森レンの発言を真実にしてたまるかと、半ば自分に言い聞かせるようにしてミカゲは何度も首を縦に振った。

「コウテイ、そろそろ……」

 ユリが光定の後ろから声をかける。いつもほどの威勢がないユリに光定は頷いて、ミカゲの手を離した。



 MCと実況担当のドクター・O、そして優勝チームのFFAL4、準優勝チームのカエサルが、前方ステージに並んでいる。かつてはそこからフィールド全体を見渡す立場にいたミカゲは、このフィールドからステージはあまりにも遠すぎると思った。
 AL4のメンバーひとりひとりに、メダルが贈られる。その背景のひとつとなるようにして、ミカゲは周りに合わせてただ両手を打つだけだ。どうして自分はあの場に立っていないのだろう、そう思いながら送ったミカゲの拍手に、賞賛は一切込められていなかった。
 ミカゲの心中を支配するのは、漠然とした虚無だ。チームカエサルと戦えなかったことも、あっけなく雀ヶ森レンに敗れたことも、自分が表彰台に立っていないことも。優勝者として持て囃されるFFAL4を見ていると、それらが全てミカゲの心に重くのしかかってくるようだった。自分が情けなくて、ちっぽけで、惨めにすら思える。この表彰式の場からも、できることならすぐに立ち去ってしまいたかった。そうするだけのエネルギーは、ミカゲにはなかった。かと言って、ステージの上の彼らを見据え、称える気力もなかった。
 だからミカゲは気づかなかった。沈んだ顔で手を叩くミカゲを、雀ヶ森レンがステージからじっと見つめていたことに。――そして彼が「やっぱり、君は、いいね」と呟いて、その薄い唇でもって笑ってみせたことに。


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