ロボットドールたちが一斉に眠りに就く日、ディッセンが管理を預かる植物園で、最後の準備に追われるロボットドールたちが慌ただしく走り回っていた。

「ディッセンさーん! 蝶ロボットたちを放してきましたー!」
「おかえりノーベン。次はカミリアの種を蒔いてきてもらっていい?」
「はい!」

 ノーベンと呼ばれたロボットドールは、ディッセンからカミリアの種を受け取ると、再び植物園から出ていった。
 巨大な植物園では、膨大な種の植物が管理されている。ロボットドールたちが眠りに就くということは、その植物たちが彼らの手を離れるということだ。人の手がなくても自生できそうなところに、植物園で研究に関わったロボットドールたちが必死になって種を蒔く作業にあたっていた。
 たった一体で植物の繁殖を研究してきたディッセンは、自分の作業が一段落すると、ふうっと息を吐く。もうあまり時間がない。おおかたの仕事は片付けたから、あとは自分たちが眠るための準備をするだけだ。
 植物園の入り口のガラス戸が開く。少女の姿をしたロボットドールが、駆け足で入ってきた。

「ディッセンさん、戻りました」
「あっ、ナマエおかえりー。きちんと撒けた?」
「はい。マリーは時計塔の周りに蒔いておきました」
「ありがとー。じゃああとはノーベンが帰ってくるのを待つだけかな」

 ディッセンが大きく伸びをするのを、ナマエはじっと見ている。そんなナマエの足元に、柔らかいものがぴっとりと寄り添ってきた。

「ニャア」
「あ……パスト。大変だったけど、お仕事ぜんぶ終わったよ」
「ニャー」

 パストと呼ばれた猫が、ナマエの手で抱き上げられる。
 パストはディッセンが植物園で飼っている猫だ。絶滅寸前の生物や植物の研究と管理がディッセンの役割だったので、アコルダトゥーラ唯一の猫であるパストは、空調管理の行き届いた温室でこれまで保護されていた。快適な環境で育ててきたから、なんだか出会った頃より太った気がする。ナマエはパストを抱き上げた時、そんなことを思った。

「パストはどうしますか?」
「うーん。今放しても帰ってきそうだし、俺たちが移動するときにフューチと一緒に放そうかな」
「はい」

 ナマエはパストを地面に降ろす。パストは、奥の研究室に通じるドアの前で寛いでいる猫のところへ駆けていった。
 フューチ。ノーベンが開発したロボットだ。たった一匹の猫であるパストが寂しくないように、一緒に植物園で飼っていた猫型のロボット。フューチは、ディッセンたちが眠りに就いたあとも動き続けることになっている。きっとこのあとは、パストと二匹で過ごしていくことだろう。

「なんだかちょっと、気が進まないな……」
「何が?」
「パストとフューチとお別れするなんて、あの子たちが心配で」
「一緒に寝るわけにもいかないでしょ。パストなんて寝すぎて死んじゃうよ」
「それは、そうなんですけど……」

 ナマエは浮かない顔をしている。
 ナマエは、ディッセンがファブラに駄々をこねた末に目覚めさせてもらったロボットドールだった。「可愛い女の子で、色々できる便利なロボットドールを作ってよ」、そう言い続けた甲斐があったと、彼女が目覚めた時に思ったのをディッセンはよく覚えている。
 植物園でディッセンの助手をする役割を持って目覚めたナマエは、ディッセンのためによく働いた。そんなナマエは、もちろん猫たちの世話も甲斐甲斐しくこなしていた。ナマエが寂しく思うのも当然のことである。

「フューチがいるんだし、パストは大丈夫でしょ」
「はい……」
「……あ。俺、分かっちゃった。ナマエ、自分が寂しいのかー」
「うっ」

 ナマエは図星と言いたげに、肩を跳ねさせてみせる。それが何となく面白くて、ディッセンは軽く噴き出した。
 離れがたいと思う気持ちは分からなくもない。実際ディッセンも、自分が最も手をかけた植物を持ち出す準備をちゃっかり済ませている。
 ディッセンは棚に残された植物の保護ケースを一つ取ると、ナマエに向き直った。

「……仕方ないなー。はい、ナマエ」
「っわ、え、ディッセンさん!?」
「その子、持っていきなよ。花なら一緒に寝ても枯れないからさ」
「え、いいんですか……?」

 ナマエがケースを覗き込む。そこには紫色の花が静かに咲いていた。
 ディッセンがリラと名付けたその花は、ナマエにとって思い出深い植物だ。

「ディッセンさん、これ……」
「リラはナマエが一番最初に面倒を見た子だったよね。一番手をかけた子を連れて行くといいよ」
「ディッセンさん……」
「俺もカミリアを連れて行く準備をしてるしね」

 懐からカミリアの入ったケースを取り出したディッセンが、いたずらっぽく笑う。ナマエがリラを抱きしめて、顔を綻ばせた。

「そろそろ時間かな。っていうかノーベン遅くない?」
「そういえば姿を見ませんね」
「外で合流する方が早いかも。ナマエ、パストとフューチも一緒に連れ出そう」
「はい!」

 ナマエとディッセンが最後の支度を済ませて、植物園を出る。鍵をかけてしまえば、もうここに戻ることはないのだな、とナマエに実感が湧いてきた。
 植物園からもよく見える時計塔は、優しい音を奏でている。テラとシエロの歌声がそれに乗せられるまで、あと少しというところだ。

「もう全部終わるんだねー」
「はい。終わるんですね」
「どう? 寂しい?」
「……ディッセンさんやノーベンさんや、パストともフューチとも、お別れするのはちょっと、寂しいです」
「ナマエは正直でいい子だなあ。よしよし」
「っわ、ディッセンさん」

 ディッセンが急にナマエの頭を撫でる。ナマエはびっくりして、腕に抱いたパストとフューチを放り出すところだった。二匹を落とさずに済んで、ナマエは安堵の息を吐く。
 ナマエが顔を上げると、ディッセンは先程までの表情から打って変わって、真面目な引き締まった顔をしていた。

「俺たちは今日で終わるけど、俺たちの残したものが終わるわけじゃない。俺やナマエの役割は、そんな誇らしいものだったと俺は思ってる」

 ディッセンが、植物園に続く道の端をそっと指さした。

「あそこにカミリアの種を蒔いた。時計塔の花壇にはマリーを蒔いた。みんな春になったら花を咲かせるだろう。何度も季節が巡るたび、何度も咲くんだ」
「……っ、はい」
「素敵な話だろう? 何度も咲いて、その度に数を増やしていく。終わるものなんて何もないよ」
「はい!」
「元気出た?」
「……はい。あの、ディッセンさん、ありがとうございました」

 ナマエがぺこりと頭を下げる。ナマエの腕の中で、パストが少し苦しかったのかもぞもぞと動いた。

「うん。俺もナマエにお礼を言いたい。俺の助手になってくれてありがとね」
「ディッセンさん……」
「……さ。そろそろノーベンと合流しに行こうか。急がないと道端で寝ることになりそうだし」
「はい!」
「あー! ディッセンさーん! ナマエちゃーん!」
「いいタイミング。ノーベンの方から来たよ」
「ふふ、そうですね」
「えっ!? もしかして何かオレの話してました!?」
「何でもないよー。さっさと行こっか」
「うわ、これめっちゃ気になるやつ……」

 三人揃って歩き出す。歩き慣れた地面を踏みしめるのも今日が最後だ。

 オルゴールの音が街に響く。穏やかな時間は命の営みを乗せて流れていく。終わりの日を迎えた彼らは、春風に揺れる無数の花々を夢想しながら眠りに就いた。
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