薬指に約束を置いていってしまった君


 私には幼なじみがいた。
 いや、“いた”と言うと若干語弊があるかもしれない。幼なじみは存命である。まあ、私のすぐそばにはもういないから、“いた”という表現を用いたとしても間違いということはないだろう。とにかく、私には幼なじみがいた。
 双子だった。二卵性だから全然似ていない。一人は身体がとても弱くて、一人は丈夫な身体で片割れの面倒をよく見ていた。兄にぴったりくっついている陸と、そんな弟をとても大事にしていた天。七瀬さん家の双子が、私の幼なじみだ。
 お隣さんの七瀬さん家は、ショークラブを経営していた。おばさんもおじさんもいい人だけど、お店があるから忙しくてなかなか双子に構う時間はなかったらしい。だから、私と陸と天は三人でよく遊んでいた。
 今もよくあの頃のことを思い出す。その度にこみあげる懐かしさに時々泣きそうになりながら、それでも昔を振り返ることをやめられない。あの頃は、ずっと三人一緒にいられると思っていた。だからとても楽しかった。
 いちばん最初にいなくなったのは天だった。七瀬さん家のお店が潰れてしまったとき、連れていかれてしまった。次は陸。アイドルになると言って、飛び出していった。最も、陸は今もスマホを使って連絡を取り合っているから、本当の意味で全く手が届かなくなってしまったのは天だ。私の、過去形の幼なじみ。

「あ……」

 テレビを点けると映し出される綺麗な顔。昔に隣で見ていた天がそのまま大きくなったみたいだ。相変わらず、というやつである。主演ドラマをやっている時間のようで、ヒロインに迫っているシーン、天の顔がでかでかと画面に映っている。
 君が欲しい、なんて女の子の喜びそうな台詞だ。今頃、九条天のファンはテレビの前で心臓をどきどきさせていたりするんだろう。
 こういう場面を見ると、私は、胸が痛い。

 私はあの頃から天が好きだったんだろうなあ、そんなことを思ってしまう。子どもの頃の記憶は大人になるにつれて薄れていくと言うけれど、天のことはどうやっても忘れることができないからだ。
 小学校五年生に上がったくらいだった。陸の身体の調子がかなり良くて、日曜日に三人でピクニックに行ったときのこと。ピクニックと言っても、近所の公園にレジャーシートとお弁当を持って出かけただけなのだが。
 お弁当を用意したのは私だった。天が手伝うよと言ってくれたけれど、それを私が断って一人で作ると宣言した。八割くらいはお母さんに手伝ってもらったけれど。
 天はそれに気がついていたかもしれない。でも陸は全く気がついていない様子だった。それで笑顔のまま、陸は言ったのだ。

「ナマエ、これ全部用意したの? すごい! すごいね、天にぃ!」
「そうだね、陸。でも話すか食べるかどちらかにして」
「今いいこと思いついちゃった。ナマエと天にぃが結婚したら、毎日ナマエのお弁当が食べれるよね!」
「……それ、普通なら陸が結婚するって言うところじゃないの?」
「えっ? だって天にぃはナマエのことす……」
「陸、ご飯食べるのに集中した方がいいよ」

 天はお弁当箱から玉子焼きを箸でつかんで、陸の口の中に勢い良く押し込んだ。そうして黙らせたあと、ふいっとシートから立ってどこかへ消えていく。
 幸せそうにご飯を食べる陸を眺めていると、やがて天が戻ってきて、私の隣に座る。

「ナマエは、どう思うの」
「えっ?」
「さっき陸が言ってたこと。嫌?」
「……えっと、嫌では、ないよ……。天とも陸とも、ずっと一緒にいたいから」
「そう」

 ふっと笑って、天は私の左手を取った。何だろうとそれを見つめる私。左手の薬指に、輪っかが通されていく。

「ふふ、ナマエならそう言うと思ったよ」
「これ……」
「指輪。結婚の約束をするときにあげるんだって。そこで作ってきたものだけど」
「え、あ、ありがとう……」

 小さかった私の手には大きすぎた輪っかは、簡単に外れて滑り落ちてしまうようなものだったけれど。しばらく机の上に置いて、花が枯れて萎れたら箱に入れて引き出しに大切にしまった。それくらい、嬉しいプレゼントだった。
 ――懐かしい。きっとこんな話を覚えているのは私だけだろう。きっかけを作った陸はまず間違いなく忘れているだろうし、天の方も覚えていないか、万一覚えていたとしても子どもの頃の話だから、それで済んでしまう話。いつまでも引きずっているのは私だけだ。

 気がつけば天のドラマは終わっていた。思い出に心を馳せてしまえば、時間の流れというのはあっという間だ。
 ずっと取っておいたけれど、あの指輪は最近になって捨てた。もらったときと比べたら随分と可哀想な見た目になってしまっていて、居た堪れなかった。何より、捨ててしまえば忘れられるんじゃないかと思える気がした。けれどどうだろう。忘れるどころか、いつの間にか泣いている始末だ。
 ばかだなあ、自分でも思う。左手の薬指に光るものなど何もないのに、あの日に天が嵌めた指輪は今も私の中で生きている。子どもの頃の可愛らしい思い出に約束を閉じ込めて、私の薬指に乗せて。それなのに天は私の近くにもういなくて、テレビ画面の向こう側に生きている。
 九条天、いや、七瀬天という男は、そんな罪作りな男なのだ。私の、過去形の幼なじみの話。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -