たとえ冬になって、雪が大地の上に降り積もっても。その雪の下では、小麦の芽たちは生きていると。さすがは農業の栄えるメルサンディと思うしかないくらいの名言を、かつてどこかで聞いた。
窓の外を雪がちらつく季節になると、その話をぼんやりと思い出すのだ。はあ、と息を吐くと、ガラスが白く曇る。ガラスの向こうと同じ、白い色。指先でガラスを擦ると、きゅ、と音が鳴る。
どうしたの? と優しい声が鼓膜に届いたのは、ちょうどそのときだ。
「雪だなあって……もうそんな季節なんだね」
「ここでは毎年雪が降るの?」
「うん。結構積もるよ」
「そうなのね」
言いながらわたしの隣の椅子に腰掛けたのは、ミシュア。ふわりと揺れた金の髪からは、いい香りが漂う。
記憶をなくして倒れていたミシュアは、わたしの父である村長に拾われた。そのままうちで暮らすことになったミシュアだけど、綺麗な部屋をすぐに用意することはできなかった。だからしばらくわたしと同じ部屋を使うことになって、それからはそのまま。わたしもミシュアもそれでいいと言ったから、同じ部屋で毎日を過ごしている。
本当の父と弟がいるのに、ミシュアを血の繋がった妹みたいに思うなんて、変な話だ。でも、わたしはミシュアがまるで本当の妹であるように大切なのだ。綺麗で、聡明で、落ち着いているのに行動力には溢れていて。そんなミシュアが本当の妹だったら、とっても誇らしいのに――ミシュアを大好きなわたしは、そんなことさえ考えてしまう。ある意味、病気かもしれない。
「ここに来るまでの記憶はないけれど、きっと雪は見たことがないと思うの」
「そんなこと、わかるの?」
「雪がよく降るところに住む人は、もう雪なんてうんざりって言うでしょう? けれど私、わくわくしてる……きっと、それは雪を見たことがないからなんでしょうね」
「そっか……」
ミシュアは話しながら、窓の向こうでしんしんと降る雪を見つめている。確かに、わたしも雪が降るなんて寒いし歩きにくいし、良いことなんて何もないといつも思っていた。冬を嫌いな原因だ。
でも。隣のミシュアに視線をおくる。それに気がついたミシュアは、にこりと笑った。ちょっと眉の下がった笑顔は、ミシュアが奥ゆかしい人柄であることを教えてくれる。
「でも、わたしもちょっとわくわくしてる」
「本当? いっしょだわ」
「へへ……、たぶん、ミシュアがいるからだよ」
「えっ、私?」
「うん」
ミシュアはちょっと照れたように、口元に手を運んでうつむきがちに笑った。
「ミシュアと過ごすとね、なんともないこともすごく楽しいんだよ。だからわたし、これからも楽しみなの」
「……ありがとう、嬉しいわ」
「朝になったら、いっしょに雪遊びしよう」
「ええ」
「ずっと、楽しいことしよう」
わたしがミシュアを見つめると、ミシュアも見つめ返してくれる。そして優しく、本当に優しく、笑った。わたしは安心して、もう一度口を開く。だからね、ミシュア。
ずっといっしょにいようね。