どうしてもピサロ様のところへ行きたいと言ってみた。普段なにかと口煩い上司も、自分の計画の障害を除去できて上機嫌だったのか、特に気に留めた様子もなく首を縦に振った。たぶん、私が裏切ることがないと知っているからだ。エビルプリースト様の言う通り、私自身はこの状況を楽しんでいるから裏切るつもりなど毛頭ない。
 早歩きで城の奥深くへと向かう。進化の秘法を使ってからのピサロ様に会うのは初めてだ。聞いた話ではあるが、なんだかすっかり変わり果ててしまって、もはやピサロ様が進化したと言うよりは――むしろ、ピサロ様が新しい魔王として生まれ変わったような、そんな印象さえ抱かせるらしい。
 エビルプリースト様の護る結界の部屋を抜けて、うんと奥まで進んで城を出て、そびえる山を突き進んだ先。静かな空間の中にその物体はいた。

「もしかして、これがピサロ様?」
「…………」
「噂は本当だったんだ。前は剣のできるイケメンって感じだったけど、この姿のピサロ様も禍々しくていいかも」
「……お前は、何者だ……。わたしは目覚めたばかりだ。何も、分からぬ」
「忘れちゃったの? 私はナマエ。ピサロ様の配下のエビルプリースト様の、さらに手下だよ」
「ナマエ……」

 ピサロ様は私の話を聞いたきり、黙り込んでしまった。ピサロ様が進化の秘法を使ったときに全部を捨てたというのは本当だったらしい。記憶のないピサロ様に私を思い出すことはできなかったようだ。
 エビルプリースト様が言っていた。今のピサロ様は不完全だと。正確にはまだ完成していない進化の秘法を使ったせいで、早回しで辿った進化の道筋が歪み、生物を名乗るにはいささかおこがましい事態になってしまったらしい。たかがエルフ一匹のために、よくやるものだと思った。他ならぬ私自身が、そのエルフ一匹を殺す手引きをしたわけだけれども。

「なんでだろ。私、どうしてもピサロ様に会いたかったの」
「…………」
「たぶん、確かめたかったんだね。ピサロ様がまだ不完全ってこと」

 デスパレスで暮らしていて、エビルプリースト様とピサロ様に従っていて。私はずっと、ピサロ様ほど不完全なものはないと思っていた。
 それなりの暮らしをしていた魔族の青年が、ある日魔族の王になろうと家を飛び出した。それからあっという間にピサロ様は多くの魔物に慕われる王になったわけだけれど、ピサロ様は王にはそぐわない弱みをもっていた。あの小さな集落に立つ、誂えものの塔のなかに。ロザリーを見たとき、私は思わず鼻で笑ってしまった。まさか、ピサロ様が非力なエルフのために腹心の部下まで使うなんて。魔族の王を名乗るくせに、こんな穏やかな暮らしに未練を置いてきたなんて。
 かわいいひとだと、思ったのだ。魔物たちの前での毅然とした話しぶりも堅実で残忍なやり口も、あのエルフの前ではいとも簡単に瓦解する。ピサロ様のある一面だけが王になりきれていないからそんなことになる。けれど、私はピサロ様のその未熟な部分がとても好きなのだ。捨て切れなかった未熟さが結局、ピサロ様の肉体まで不完全にしてしまう。自分で自分の足を引っ張るピサロ様を見ているのは、楽しくて仕方ない。

「記憶がないみたいだから、思い出話でもしてあげる。私、ピサロ様のこと結構好きだったの。ピサロ様は、そうじゃなかったみたいだけど」

 そういえば、ピサロ様に監視をつけられたこともあったなあと思い出す。今のピサロ様には話さないけれど、私はどうやら怪しいやつと思われていたらしいのだ。ああいう上司がいるからか、それともデスパレスで私だけかピサロ様をデスピサロ様と呼ばなかったからなのか。それも今となってはどうでもいい話だ。
 私がピサロ様をデスピサロ様と呼ばないのは、ピサロ様が王と呼ぶには相応しくだけの存在だったからだ。とても簡単な話。けれどピサロ様を嫌いだったわけではなくて、むしろ慕っていた。ピサロ様には信じてもらえないかもしれないけれど。

「私がピサロ様のことを呼ぶたびにね、ピサロ様は、デスピサロだっていちいち訂正するの。意外としつこくて困っちゃった」
「……そうだ、わたしは、デスピサロだ……」
「この姿になってもそんなこと言ってるの? 私はね、ピサロ様が私に名前を呼ばれると怒る理由、なんとなく想像ついてるよ」
「…………」
「ロザリー以外に、ピサロ様って呼ばれたくないからでしょ」

 それからは一瞬だった。捨てたといったのに捨て切れていない、心に任せてピサロ様は衝動的に剣を振り上げる。私はそのきらめく剣先に、口角を上げた。結局最後まで、ピサロ様は不完全だ。
 剣が、振り下ろされる。ピサロ様は剣さばきがとてもうまいから、きっと私は心臓の奥深くまでを抉り取られてしまうだろう。恐怖などなかった。静かに細めた目とは対照的に、心はひたすらに歓喜を歌っていた。
 ああ、なんてかわいいひと!

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