*018と同じ夢主
*和泉一織がめちゃ冷たいです


 もうすぐ三月の夢が叶う、そんな冬のある日。珍しい来客が、我が家のリビングのソファで背筋を伸ばして座っていた。

「一織くん。ど、どうぞ……」
「お気遣いなく」

 目の前に差し出した紅茶には目もくれず、一織くんは私をまっすぐに睨んでみせた。その眼力が鋭くて、まるで心の弱いところを針で刺されたような感覚がする。私は思わず、肩を竦めた。
 一織くんは昔から、私に対してはこうだった。
 全てを完璧にこなしてきた一織くんは、もちろん人間関係も波風たてることなく過ごしてきた。だけれど、私にだけは、いつも必要外には話しかけることなく、ただ突き刺すような視線だけを送る。彼と知り合って何年経つかなんてもう数えてはいないけれど、もうずっと、一織くんはこんな感じだ。だから私は、一織くんが苦手だった。

「えっと、今日はいったい……」
「そうですね。手短に済ませましょう」

 私が用件を問うと、一織くんは小さく息を吐いて、とてもとても面倒くさそうに答えてくれた。
 一織くんは私のことが嫌いなのだろうな、そう思っていたから、一織くんがわざわざ私の家まで来たことが意外だった。一織くんが私の家に来る時は、三月に引っ張られるようにして(そして、とても不本意だ、といった顔をして)いるのがほとんどだった。しかし、今日の彼は一人きりだ。
 一織くんは軽くため息をつくと、そっと口を開く。何を言われるのだろう、急に緊張してきた。きっと、何か良くないことを言われる。

「兄さんに近づくのを、もうやめて頂けますか」

 息を呑んだ。ひゅっと、自分の喉から音が漏れた。乾燥している。言葉が出てこないのはきっとそのせいだ。
 「聞いているんですか?」一織くんが私を睨んで言う。まるで追い討ちをかけるように、畳み掛けるように。彼は私に返答を求めている。はいかイエスか、とにかく肯定の意を、彼は欲している。

「……やめるも何も、三月は、アイドルになるんだから。今まで通りなんてできっこないよ」
「………」

 相変わらず一織くんの視線は尖っている。その視線がまるで私を見定めようとしているみたいで、自分の家にいるというのに、居心地が悪い。

「困るんですよ。この前のようなことがあると」
「この、前」

 この前。この前と言われると、三月が小鳥遊プロダクションという事務所にスカウトされた報告をしに来てくれた日のことだろうか。私が三月の前で泣いてしまったあの日。思い返すと、自然と気分が沈んでしまう。私の表情の陰りを、一織くんは見逃さなかった。

「兄さんから聞きました。あなたが泣いたこと。兄さんは戸惑っています。当然ですよね、自分の夢を応援してくれていたはずの幼馴染みが、夢が叶うと言ったらめそめそ泣き始めるんですから」
「………」
「兄さんの夢の邪魔をしないでください。やっとここまで来たんです。兄さんが辿ってきた道のりがどれだけ厳しかったか、あなたも知っているでしょう」

 知ってるよ。声にはならなかった。一織くんは今の全てにおいて正しくて、私は反論なんてできやしない。
 私は三月を好きなくせに、三月の夢を応援するふりをしていただけのずるい人間だ。三月が知らない好意を一織くんが察して、わざわざ釘を刺しにくるなんて。ずるい私とは全然違って、一織くんはまっすぐに三月を慕って、応援していたんだろうな。だから私は何も言い返せない。
 私も一織くんみたいに、もっと正しい形で三月を好きでいられたら、こんな日を迎えることもなかったのだろうか。

「兄さんはあなたを励ます為に、クッキーを焼いています。そろそろ兄さんもここに来るでしょう」
「三月、が」
「これで最後にしてください。兄さんは私が支えますから。あなたは兄さんの世界から去って、どうか穏やかに生きてください」

 何も言えなかった。拒絶はできない、肯定もしたくない。三月は私とは違う場所に行ってしまうのだから、三月のことは諦めないといけないのに。どうしても、これから先を期待している自分を殺せない。
 何も言葉を返せなくて、一織くんが苛立ちをあらわにした時、インターホンが鳴り響いた。一織くんの言っていた通り、インターホンのカメラが映し出したのは三月の姿だ。私が好きになった笑顔がそのまま現れて、元気いっぱいな声で私を呼ぶ。

 『ナマエ! いいもん持ってきたからさ、一織もいるんだろ? 三人で一緒に食べよう』

 掲げてくれた紙袋から、可愛らしい包みが覗く。私を元気にするために作ってくれた、そう一織くんが言っていた、なのに私は泣きそうだ。
 これっきりだ。一織くんはこれ以上を許してくれない。三月がこれから身を置く環境も、きっと私が割り込むことを許してくれない。それなのに、当の三月は明るい声で、私のための贈り物を持って現れて、どうしたって私は泣きそうになってしまう。
 背中に受ける視線が痛い。険しい視線は私に、「早く兄さんを迎えろ」と言いたいのかな。それとも、「兄さんを困らせるな」と言いたいのだろうか。あるいは、その両方か。
 泣いてはいけない。自分に言い聞かせるたび、勝手に涙が出そうになる。泣くな、泣くな。笑って三月に言うんだ、今までありがとう、これからも応援するね。――今まで、本気で三月のことを応援したことなんてなかったのにな。

「……一織くん、三月のこと、迎えにいってくるね」

 震える声で告げる。「ええ」、短く返した一織くんは、やはりまっすぐに私を睨んでいた。

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