「楽さん、お誕生日おめでとうございます」
 続々届き始めるラビチャ、インターネットに上がるファンからのメッセージ、隣にいるなまえがおめでとうを言うために息を吸う音。八月十六日、毎年この日だけは、時計を見なくたってその日が来たことがわかる。
 七月から八月に変わると周りがそわそわし始めて、強化月間と称されたすこしこそばゆい日々を送って、いざ当日を迎える頃には自分も周りも飽き飽きしているんじゃないかなんて思うけれど――実際そんなことはなく、むしろ一日の終わりには“もう終わっちまうのか”なんて思ったりもするくらいだ。
 気づけばそんな誕生日が当たり前になっていて、今年はどんな風に祝ってくれるのかなんて楽しみにしている。誕生日を迎えたその瞬間だけは、妙に気持ちがフワフワと浮ついて、不思議な気分になるのだ。
「……なんかさ、こういうの、いいよな」
「はい?」
 なまえの頭を撫でながら呟くと、なまえはそのまるい瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「俺さ、元々は誕生日とか無頓着だったんだよ。なんでもない平日と同じ感じで」
「そうなんですか?」
「ああ、いや、もちろん祝ってくれる奴がいたらそれは嬉しいんだけどさ。昔から、ケーキもプレゼントも持ってくるのは姉鷺の仕事だったからな。学校も夏休みの時期だろ? うちは親父が厳しくて、夏休みに友達と外で遊ぶとかも無かったからさ、ケーキ食ってプレゼント開ける以外は、普通の日と同じみたいなもんだったんだよ」
 思い返せば、たぶんまあ、寂しかったんだろう。学校で他の家の様子を聞いたりするのでもそうだし、姉鷺が俺に気を遣っていたのも感じていたから、子供ながらに気にしていない振りをしていた。ちょっといつもと違うことがあるだけのただの平日だから、悲しいことなんて無い、と。
「楽さん……」
「それがさ、大人になってからみんなが強化月間とかやってくれるようになっただろ。色々やって祝ってくれる方が当たり前になって……いつの間にか、誕生日が楽しみになった。それがなんかこう、胸にこみ上げてくるものがあるんだよな」
 よそと違うことを悲観したことはない。親父が早く帰ってきたりしなくても、誕生日の当日におふくろに会えなくても、別に良かった。大人になってから親父の不器用さも少しは理解したつもりだ。あの頃と今とでは親父の立場も違って、仕事が大切だったことも今ではわかる。
 でも、今の俺にとって自分の誕生日は特別な一日で、そう思わせてくれた人がたくさんいる。そのうちの一人がなまえで、いちばん最初に俺を祝ってくれる。――めちゃくちゃ幸せだなと噛みしめたくなる。
「……それは、楽さんがたくさんの人に愛される素敵な人だから、そうなったんですよね。子どもの頃の楽さんはきっとお父さんに愛されてたし、そうだったからこそ今もっとたくさんの人に愛されていて、その……うまく言えないですけど、」
 わかるよ、と頷いてみせるとなまえは嬉しそうに笑った。言葉にしなくても大丈夫。
 色んなことが繋がった先に今日みたいな特別で大切な日がある。それが幸せというものだ。と、普段あまり意識しないことでもこういう日には自然と感慨深く思ったりして、大事にしようと決め込んだりするのだ。
「なんかしんみりしちまったな、そういうつもりで話したんじゃなかったんだけど」
「ふふ、大丈夫です。今日はまだ始まったばかりだから……」
 寝て起きたら楽しいことがたくさん待ってる、だろ? 予想したのとそっくりそのまま同じことを言ったなまえに嬉しくなって、笑いながら頭を撫でる。
 目の前の恋人も仲間も先輩も後輩も、俺の予想もしない何かを用意しているに違いない。今日しかない今年の誕生日、いったい何が待ち構えているかな。楽しみにしてると告げると、なまえはいっとう嬉しそうに笑って、頷いた。
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