楽さんの住む部屋からは夜景が見える。一等地にそびえるマンションの一室から、まばゆく輝く都会の夜を見渡すのが好きなのだと、前に楽さんが言っていた。
 楽さんの言う通り、眠りの気配が見えない夜の街はとてもきれい。同時に、この部屋から夜景を見ると、もうそろそろ帰らないといけないと思って寂しくなる。
 もういい時間だ。楽さんが用意してくれたココアも飲み終えて、何本か映画も観た。これ以上一緒にいたいなんてわがままなくらい、今日は楽さんとの時間を過ごすことができた。帰りたくないなんてわがままを言ったら、嫌われてしまうかも。
 かけていた上着を取ろうと、一歩踏み出したとき。ふいに後ろから伸びてきた腕に捕まった。あ、なんて気の抜けた声が出ていく。
「楽さん……あの、私、そろそろ……」
「帰るのか?」
 私をぎゅうと抱きしめる腕に、心臓の音が急に早くなったのを感じる。耳もとで囁かれたら、はいなんて即答しづらい――楽さんのせいにしなくても、もともと帰りたくなんてなかったくせに。
 言葉に詰まる。帰りたくないけれど、帰らないと。楽さんにだって明日があるのに、わがままを言って聞きわけのない女だと思われてしまったら。でも、もしかして引き留めてくれている? だとしたら、楽さんに言わせるのはずるいのかも。どきどきして余計に言葉が出なくて、一秒一秒が嘘みたいにゆっくり流れる。
「……俺は、なまえを帰したくない」
 帰りたいならちゃんと帰す、と続けて、けれど私を捕まえる腕には力が込められる。しっかり抱きしめられているけれど痛くない、抜けようと思えば抜けられる程度の拘束。楽さんはいつも、私が嫌だったら断っていいと言ってくれる。だけど私、帰りたくないのだ。
 身動げばあっさりと緩んだ腕。楽さんに向き直って、銀色の双眸を見つめる。ぱちりと目を合わせて、直後、楽さんの耳がほんのり赤く色づいていることに気がついた。
「えっと……わ、私、も……」
 かあっと頬が熱くなったのを感じたけれど、逃げ場は楽さんの胸元しかなかった。飛び込めばすぐに背に回された腕。応えるように私も腕を回す。恥ずかしいけれど、目は逸らさずに。
「私も、帰りたくない、です……」
 まだ一緒にいたい。それは私のわがままで、言ったら迷惑に思われるかも――でも、同じことを楽さんも考えていてくれたなら。それはとてもうれしいこと。
 そっとふたりのくちびるが触れ合って。窓の外も、私たちも、まだこの街は眠らない。
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