約束した通り、なまえはきちんとモンのお世話に取り組んでいる。きちんと毎日エサを与え、たくさん撫でてやり、一緒に遊び、同じベッドで眠る。
 モンの飼育を始めて二週間、元々二人で眠っていたベッドに一匹が増えたことで狭くなったのも、ようやく慣れてきた。いつでも一緒に遊べる友だちができたことで、なまえの笑顔が増えてきたように見受けられる。自己表現があまり得意でないあの子にとっては、すこぶるいい傾向だ。
 唯一、気がかりがあるとすれば。モンに敵対視されているような気がすることだろうか。何となくの域に留まってはいるものの、なまえの見ていない時、あの生き物は私のことをじっと見ているのだ。
 ――それだけなのだが、なんだろう。どうもあのモンは、腹に何かを隠しているような、そんな気がする。言ってしまえばどこか腹黒そうな。とはいえ、そのような態度をなまえに見せるわけでもなく、なまえもモンと上手くやっているようだし、今のところは様子を見ているのだが。

「……なまえ、起きてください。朝ですよ」
「ん……」

 朝食の支度を終えて、まだベッドの中にいるなまえの肩をぽんぽんと叩く。ほら、モンも朝ですよと腹のあたりをさすると、なまえより先にモンが起き上がった。

「ミナナ……」

 眠そうな目(メインの顔の方である)を数度ぱちぱちと瞬かせ、それだけですっかり起きたらしいモンはなまえの身体を揺さぶった。うん、と返事をして、なまえも起き上がる。

「ミナ〜」
「モンちゃんおはよう……」
「ミナナ」
「みなみくんも、おはよう」
「……おはようございます。顔を洗って、朝食にしましょうね」
「はぁい」

 目を擦っているなまえの頭を撫でてやると、なまえはベッドから降りて、洗面所へと向かっていった。

「………」

 あの子、おはようの挨拶ははじめに私にしていたのに。――いや、私となまえの二人暮らしだったのだからそれは当たり前なのだけれど、モンが来てからもしばらくは私に先におはようを言っていたはずのなまえは、いつの間にかモンと朝いちばんの会話をするようになっていた。いつも私は先に起きて朝食を用意するから、なまえが目を覚ました時、すぐそばにいるモンに声をかけるのは自然な流れだろう。
 そんなことに目くじらを立てるような人間ではないつもりだ。ただほんの少し寂しくはある、というだけ。なるほど家族が増えるとこんな気持ちになることもあるのか、受け入れこそするけれど、何かをするわけでもない。
 けれど、まあ。

「巳波くん“も”、ですか……」

 それは少し、いえだいぶ、寂しいですね。声に出すことはない。ないのだけれど。

「ミナ〜……」
「!」

 背後から聞こえた笑い声に振り返る。私以外に寝室にいるのは、腹黒疑惑のあるモンしかいない。

「……なんですか、ほくそ笑んで。何か面白いものでも見えましたか」
「ミナぁ?」
「すっとぼけて……」

 ひょいと持ち上げると、モンは短い手足をばたつかせて抵抗した。特に何か害をなそうとしているわけではないのだけれど、モンは私を警戒しているらしい。触覚がぴんと伸びている。

「ミナナ! ミナ〜!」
「暴れないでください。取って食ったりなんてしませんよ。朝食、なまえが待っていますから」
「ミナ……」
「まったく……、行きますよ」

 不満げに私を睨んでいるものの、モンは大人しくなった。
 この二週間でこの生き物の生態についてわかったことは、この個体は相当に食い意地が張っているということ。知性もそれなりにあるようで(もしかしたら、私の思っている以上にある可能性すら秘めている)この家で食事を用意できるのは私だけであることを理解しているようだった。自分の手足では調理器具を扱えないこと、綿にとっては火は危険であることもわかっているらしい。
 寝室を出てリビングに向かうと、なまえが席について待っていた。あ、となまえがこちらに視線を向けた瞬間、私の腕の中にいたモンがするりと抜けてなまえのもとへ走っていく。落ちない程度にしっかり抱いていたはずだけれど、まさかあの生き物、縄抜けなどという芸当ができるのか?

「モンちゃん? どうしたの?」
「ミナナ」
「……きっとお腹が空いていたんですね。ご飯にしましょう」
「ミナナ……」
「うん」

 テーブルの上に朝食を並べて、揃って手を合わせた。いただきます、という二人の声に、ミナナ、と鳴き声が重なる。このユニゾンにももう慣れた。
 モンは不思議な生き物で、消化器がいったいどういう構造になっているのかはよくわかっていないけれど、大抵のものは問題なく食べられる。だから与えるエサも、私たちが食べているものを小さな手でも食べやすいよう細かくしたものを用意している。ペットフードでも食べられるらしいけれど、なぜかこのモン、そういうものは食べようとしないのだ。おかげでペット用のエサ皿は棚の奥に眠ることとなってしまった。
 小さくちぎったトーストをかじり、モン用に買った小さなスプーンでスクランブルエッグを口に入れていくモンは、なまえに「おいしいね、モンちゃん」と話しかけられると元気よく「ミナナ!」と答えてみせる。
 なまえの前では、飼い主に従順な良いモンなのだけれども。なんだろうか、そのうち私には本性を見せてくるような気がするのだ。もしそうなった時、それはモンが私に対して心を開いたと喜べばいいのか、なまえとモンを見ているとよくわからなくなる。複雑な心境で齧ったトーストはよく焼けていて、さくり、軽快な音を立てた。
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