規則正しい寝息と、シャープペンの芯が削れる音だけがする。床に寝転がり仰向けで眠る遊馬を時々なまえが困ったように見遣るのを、半ば呆れながら見ていた。
 ――だから私は遊馬に言ったのだ。一緒に数学の勉強をしたところで、君は飽きてデッキを弄り始めるか寝てしまうかのどちらかだ、と。何しろ、ダメージ計算すら素早くできないのだから。四則演算でさえそれだ、文字式も関数も、同級生と宿題をする程度で理解できるとは到底思えない。
 はあ、となまえがため息をついた。握ったシャープペンの、ノック部分についたチェーンから垂れ下がる飾りがちいさく揺れる。彼女はさぞ退屈だろう。これなら自宅や図書館で勉強する方が静かな分、集中できるはずだ。
 しかしなぜ、彼女は遊馬を勉強に誘ったりなどしたのだろう? それも、物だらけの屋根裏部屋に来てまで。その疑問は難解で、今日の観察は、なまえを対象にしようと決める。遊馬が眠っている今であれば、いくらなまえを眺めようと咎められることはない。
 ふわり、宙を移動してなまえの背後に回る。覗き込んだノートには整った字が並んでいた。読みやすい手書きの文字。上手い下手というような単純な話ではなく、丁寧な字という印象を受ける。どうやらなまえは、真面目な性格のようだ。
 どうせ触れることはできないのに、彼女の肩に手を置いて身を乗り出すような姿勢になる。当然私の手はなまえの肩をすり抜けて、――その瞬間、なまえが声にならない声のようなものを上げた。

「っ、……?」

 なまえがきょろきょろと辺りを見回す。どうしたというのだろう。すぐ傍でなまえの顔を見つめても、なまえが私を見ることはない。彼女には私が見えるはずがないのだから、当然のことだ。

「……気のせい、かな。窓も開いてないし……」

 なんだったんだろう、と首を傾げたなまえは、またノートに向き直る。
 今、何が起こったのか、私にもよくわからなかった。なまえの身体に、自分の手を透かせて――数十秒前を再現するように、彼女の背を撫であげる、真似をする。

「ひゃ……!?」

 肩を跳ね上げて、なまえは握っていたシャープペンを落としてしまった。ノートの上にそれは落ちて、飾りのついたチェーンと軸の部分が触れ合って僅かな高い音を鳴らす。
 彼女は私のことは見えないし、私は彼女に触れられないはずだ。しかし、なまえはまるで私の存在を知覚しているかのような反応を見せる。再び辺りを見回して、彼女は遠慮がちに遊馬へのその手を伸ばした。

「遊馬くん、遊馬くん、起きて……」
「んん……」
「遊馬くんってば」

 何度か遊馬の肩を揺すり、けれど起きない遊馬に思わず「無駄だ」と声が出る。やはり私の声はなまえには届かない。思い至ったのは、遊馬が私と出会った時に言った“幽霊”。
 私は自分でも知らないうちに、幽霊の効果を発動してしまったのかもしれない。いつ発動したか自分でもわからないとは、恐ろしい効果だ。幸いなのは、今はデュエル中ではないから、私が皇の鍵の中に戻れば効果処理が終了すること。
 不思議だ。シャークにも、小鳥にも、鉄男を始めとする遊馬のクラスメイトたちにも、誰ひとりとして私の存在を感じ取る者はいなかったというのに。初めは別の意味で気になった彼女の存在が、より一層、興味深く感じる。
 なまえの観察結果その一、彼女は幽霊の効果を発動させる、何らかの誘発効果を有している。
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