(これの翌年設定)


「お誕生日おめでとう、悠くん」

 そう言われて頭の中をめぐったのは、今聞いたのとまったく同じ響きの言葉だった。去年も同じ人から同じ言葉をもらった、ということを思い出す。
 知らない間に一年経ってたのか、とか、まさか本当に今年も祝われるなんて、とか。オレは去年言ったのだ。来年も祝うつもりとか、本当にオレのこと好きみたいじゃん、と。そうだよとあの時笑った彼女は、言葉通り今年もオレの生まれた日を祝ってくれた。
 ちらり、目の前のその人を窺う。いつもと同じようににこにこ笑っているけれど、去年の彼女いわく、この日にオレにおめでとうと言えることはうれしいことらしい。オレがそれにありがとうと返したら、もっとうれしくなるんだっけ。一年前の会話だというのに、どうしてかあの時の彼女の声色まで覚えている。

「……ありがと」
「え」

 オレも、うれしかったから。本心の通りに行動するなら、お礼を言うのは決して難しいことじゃない。だけど彼女はオレの目を見たまま、短い反応だけ零して固まってしまった。

「……? 何、どうしたの」
「……、は、はるか、くん」

 次の瞬間には、さっきまであんなに笑顔だった彼女は目にたくさん涙を溜めて、震える声でオレの名前を呼んだ。いや、ちょっと待って。

「な、なんで泣いてんの……! オレが泣かせたみたいになるじゃん!」
「だって……!」

 ぱちり。瞬きをひとつすると、溜まった涙が滴になって落ちていく。やめろよ、泣かせたいわけじゃなかったのに。

「お礼言ったらうれしいって言ったのそっちじゃん……! ああもう、泣くなって……!」
「お、おぼえてて、くれたの」
「はぁ!? 覚えてるに決まってんじゃん!」
「うれ、うれし、……っ」

 うれしい、そう言って鼻をすすりながら目を押さえる彼女に、思わず伸ばしかけた手が止まった。
 なんだよ。うれしいなら、いつもみたいに笑ってくれたっていい。うれしい時にも人は泣くことがあるけど、オレは笑ってくれるかなと思って言ったのに。でも、そうやって泣くほど、一年間オレを好きでいてくれたことは、心の中に花が咲くような感じがして、思ったより悪くない。
 目尻を擦りながら一生懸命笑顔になろうとする彼女の顔はしわくちゃで、べしょべしょだ。そして絞り出すようにして「ありがとう」なんて言う。お礼にお礼なんて、変だよ。

「……去年、さ。オレ、ひどいこと言っちゃったし。今年は何か返すからさ。その……」
「え、え、え……待って、また泣きそうだから待って」
「泣かなくていいし! いいからラビチャ教えて!」

 あと、お礼何がいいか考えといて。そう言うと彼女は「もうじゅうぶん過ぎるくらいもらったよ」と眉を下げた。ああもう、オレの気が済まないからって言ってんの。
 ――今日だけじゃなくて、去年から今日までの一年間ぶんのお礼、何がいいかな。そうやって考える時間もきっと悪くないけど、まずは目の前の彼女の連絡先を聞き出さないことには始まらない。
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