閉じられたカーテンの隙間から、薄暗い部屋に太陽の光が射し込む。朝だ。少しずつ明るくなってきたことが目を閉じていてもわかって、ゆっくりと瞼を押し上げた。

「……おはよう」
「なまえさん……」

 おはようございます、と返した声はほんの少し掠れていた。そんな私を見て、なまえさんがにこりと微笑む。
 ――私の方が先に起きて、なまえさんの寝顔を眺めようと思っていたのに。なんだか負けたような気がして悔しい。目を覚ました私にいちばんに笑いかける、なまえさんの細めた甘い目元だって何にも替え難いけれど、無防備な寝顔を見られるというのはやはり恋人の特権だと思うから。この人の場合は、特に。
 半分いじけたような、なまえさんの髪を遊ばせる私の指先。私の気持ちを知ってか知らずか、なまえさんは「巳波くん、ぐっすりだったね」と言った。

「やっぱり、疲れてた?」
「……そうですね。仕事のあとでしたし、年末はスケジュールが詰まっていたので疲れもたまっていたかもしれません」
「そっか。わざわざ来てくれてありがとう」

 くるくる、毛先を巻きつけていた私の右手を捕まえて、なまえさんはそれをそのまま口元に持っていった。するり、髪の毛が容易く滑り落ちていくのが見えたと思ったら、なまえさんの形の良い唇が私の手の甲に寄せられる。口づけられた感触は柔らかくて、やさしい。離れていくときに音まで立てて、ねえ、ちょっと。

「……ずるく、ないですか」
「そうかな」
「ええ、とっても、ずるい……」

 そんなことをされたら、ときめくじゃないですか。どんなに疲れていてもあなたに会いに来て良かったって、思うじゃないですか。
 年を越す瞬間には一緒にいられなくて、日付を跨いですぐ、なまえさんから『あけましておめでとう』とラビチャのメッセージが入っていた。私が携帯を確認できたのは一時を回った頃で、なまえさんはもう寝ているかもしれないと思いながら、それでも返信だけはすぐに送りたくて。『あけましておめでとうございます』と送って一呼吸置いた瞬間に既読がつくものだから、いてもたってもいられなくて電話をかけてしまった。起きて私を待っていてくれたんだ、と思ったら、きっと誰だってそうしてしまう。
 テキストを読むより声が聴きたくて、声を聴いたらどうしようもなく顔を見たくなって。深夜に「会いたい」と告げるのには勇気が必要だったけれど、それを許してくれたなまえさんもきっと私に会いたかったんだって、自惚れてもいいですか――。
 なんだか気恥ずかしくて、もともと近かったなまえさんとの距離を詰めた。細くて柔らかい、私のなまえさん。ぎゅ、と抱きしめたなまえさんからふわりといい香りがして、それがどうしようもなくいとおしくて。胸の内側を指でなぞられているようなもどかしさが苦しい、でも、ずっと浸っていたい。

「……なまえさん。今年も、ずっと一緒にいたいです」
「うん」
「好きです。なまえさん」
「私も好きだよ、巳波くん」

 ああ、この人の「好き」という言葉は、聞き慣れているはずなのにもっと聞きたくて、もっと言ってとねだりたくなる。
 これからの一年間がたくさんの好きに満ちていたら良いって、とうの昔に抱えきれなくなった気持ちを溢れさせながら何度もあなたの名前を呼んで、好きだと言って。同じだけ名前を呼んで愛を囁いてくれる人がいる、新しい一年のはじまりがこんなにも幸せだということを、私は今日、人生ではじめて知った。
 なまえさんも同じ気持ちでいてくれたらいいな。その答えを確かめるまでもなく、微笑むなまえさんのふたつの瞳は甘くて暖かくて、新しい日々への喜びで満たされていた。
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