最近、唇の乾燥が気になる。冬になると乾燥に毎年悩まされるのは、私だけではないだろう。いちおうこの時期は保湿ができるリップクリームを使っているけれど、こまめに塗るのがあまり向いていない性格のせいか、さほど改善していない気がする。
 隣を歩くことりの口許は、いつでも歳頃の女の子らしく瑞々しい。私の視線に気づいたことりは、こちらを見て、あっと声を上げた。
「舐めちゃダメ! 乾燥してる時はリップを塗らなきゃ」
「あ、うん……。つい癖で」
 リップ持ってるから、言いながら鞄のどこかにあるだろうポーチを手で探る。教科書やペンケースはすぐにわかったのに、探し物に限ってすぐ出てこない。
「待って、ことりが使ってるの、すっごくいいから試してみてほしいな」
「ほんと? それならぜ、ひ……」
 次の瞬間には、唇に柔らかいものが押し当てられていた。私の目線のすぐそこに、閉じられたことりの瞼がある。長い睫毛は私のそれに触れそうだ。いや、待って。何これ。
 何が起きたかよくわからないまま、ことりが離れていく。にっこり笑って、ことりは口許に人差し指を寄せた。
「さっき塗ったばっかりだから、ことりのをお裾分け」
「え、あ、おすそ、わけ」
「……唇の乾燥が気になったら、いつでもことりに言ってね」
 じゃあ行こう。何でもないことのように、ことりは私の手を取って歩き出す。どきどきしている心音、ことりに伝わってしまっていたりはしないだろうか。乾燥よりそちらを気にして、ことりに合わせて歩いた。

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