『見て、ククール。星がとっても綺麗に見えるよ!』

そう言ったのは、記憶の中の彼女だった。

南西の方角に一際大きく見えるあの星。
ナマエが一番好きだと言っていた星だ。
俺の気のせいかもしれないが、ナマエがこの世界から居なくなって、あの星は輝きが減ってしまったようにも思える。
まるであの星自体がナマエみたいだと―――柄にもなくそう思った。


ナマエとの出会いは偶然だった。
旅の途中で道に迷っていたところを心優しいエイトが保護して、それから旅に同行することになって。
最初は『異世界からやってきました』なんて、そんな戯言誰が信じるのかと思った。
だが、一緒に過ごしているうちに信頼が芽生え、話を聞けば聞くほどあいつはこの世界の人間とは違うんだな、ということがわかるようになってきた。
食文化に然り、生活習慣に然り。
何より危機管理能力が頗る低かった、というのが決定的だったな。



***

「わ!魔物だ!本当に居るんだね…」
「あぶなっ…ナマエ!!」
「えっ」

魔物に出会えたことに感動していたらしいナマエは、後ろから近付いていた魔物の気配に気づかず、エイトの叫び声によってようやく反応したと思ったら案の定攻撃を受けた。
その一撃でやっとこの世界の危険に気づいたのか、ナマエの体は次第に震え始めて。

「ククール、ナマエを遠くへ!」
「ああ!」

言われるまでもないさ、と思いながらもナマエを抱え上げ、魔物の攻撃範囲から外れる場所まで移動する。
安全な場所で降ろしてやってから回復をすると、ナマエは腰を抜かして地面へと座り込んだ。

「……この世界って、恐怖と隣り合わせなんだね」
「ナマエの世界じゃこんなことはなかったのか?」
「うん、基本的には」

無差別に殺人が行われたりとかあったけれど、と零した言葉は聞き流すことにした。
それだってきっとこの世界の戦闘という概念とは別物なのだろうから。
この世界で魔物に出会って、武器を構えたり逃走を試みたりしないのはよっぽど世間知らずのお嬢様か、赤子くらいなもんだ。
ナマエはお世辞にもお嬢様というタイプの人間ではない。
だから、この時にやっと『異世界から来た』という言葉を受け入れることが出来た。




***


それからのナマエはせめて自分を守れるようにと、エイトに剣技を習い始めた。
筋は悪くなかったみたいで、少しもすれば弱い魔物相手になら怯むことなく戦えるようになった。
ゼシカや俺には魔法を習おうとしたが、ナマエには魔力というものが無いらしく、魔法は何も覚えることが出来なかった。
残念がっていたが、ナマエが出来ない分は俺達がカバーすればいいだろうと考えていたので問題はなかった。

ナマエの旅の目的は、自分の世界へ帰ること。
俺達の旅の目的は、各々違う理由はあれどドルマゲスを倒すこと。
当然目的が違うのだから、モチベーションに差が出るかと思いきや、意外とそうでもなかったことを思い出す。
自分で戦えるようになってからは、自分自身もドルマゲスを倒すお手伝いが出来たらいいな。というのが彼女の口癖のようなものだった。
それを言う度にエイトに無理をするなと言われ、ヤンガスには無理だと言われ、ゼシカには困った顔をされて。
最終的に泣きつくのが俺のところで。
女を邪険にするのはポリシーに反するので、甘い言葉で慰めてやれば、ナマエは満足そうにみんなの元へ戻って行った。
利用されていた気がしないでもない。
それでも悪くなかったと思えるのは、俺が少なからずともナマエに心惹かれていたという事に気づいたからだ。

いつからだとか、どうしてだとか、そんな事は考えてもわからなかった。
危なっかしく剣を振るう彼女を見て、守ってやらなきゃと思ったり、何もないところで転んでる彼女を見て、こんな鈍くさいヤツは俺が面倒みてやんなきゃと思ったり、美味しそうに食事を頬張る彼女を見て、将来はこんな風に家族の団欒を過ごすのもいいなと思ったり。

気づけばそんな事を考えるようになっていた時点で、ナマエの存在が必要不可欠になっていたのかもしれない。
だから元の世界に帰る方法が見つかった時には、それをひたすらに隠したい気持ちを抑えるのが物凄く大変だった。

ドルマゲスを倒した後、その跡地にぽっかりと大きな穴が開いた。
ルイネロの占いによれば、その穴はナマエの世界に繋がっていると言う。
そして、その穴は一日足らずで閉じてしまうだろうという事も。

仲間達は、ナマエが帰れる手立てが見つかって良かったと喜んだ。
俺は、目の前が真っ暗になった。


「帰りたい…のか?」

聞いてはいけなかったんだと思う。
でも、どうしても聞かずにはいられなかった。
ナマエは困ったような表情をして、それからすぐに笑った。
無理やりな笑顔だ。誰もがそう思ったに違いない。
ナマエの不器用なその笑顔は、どうしようもなく俺の胸を締め付けた。

「帰りたいんじゃなくて、帰らなきゃいけないんだよ」

尤もな答えだと思った。
だが、俺が聞きたかったのはそんな答じゃなかった。
ナマエが本心を抑え込んでいるのはわかっていたし、この世界に残りたいという気持ちも少しがあることを知っていた。
聞かされたわけじゃない。聞き出したわけでもない。
だけど、そんなの見てたらわかる。

『行くなよ』

その一言を言うのは至極簡単な事だ。
言ってしまえばナマエを困らせるのもわかっている。
彼女の在るべきところは、この世界ではない。
それならば、後腐れのないように送り出してやるのがナマエの為。

そう思って

「元の世界に帰っても、俺達の事忘れるなよ」

そう、思って

「元気でな」

そう、思って、言ったのに。


「……ククールの、馬鹿!さよなら!」


泣きながら、異世界へ通ずる穴へと飛び込んだ彼女。
姿が消えた瞬間に、その穴も存在を消した。

まるで、元から何もなかったかのように。

何でだよ。
何でそんな悲しそうな顔で泣いてたんだよ。

聞きたくとも、聞ける相手はもう目の前には居ない。



ナマエの気持ちに気づいたのは、それからしばらく経ってからの事だった。
ナマエが俺に惹かれていたという事を聞いて、じゃああの時引き止めれば良かったのかとか、やっぱり帰して正解だったんだとか、色々考えたけれど結局のところ何が正しかったのかは未だに解っていない。
そもそも正解などないのだろう。
どちらに転んでも、転んだ次第の道があったには違いなかった。
それを今更考えたところで、後戻りは出来ないのだ。



後悔をするのは簡単だ。
だが、俺達にはまだ目的がある。
最近では後悔するのはその目的が達成されてからでいいんじゃねえかな、と思うようになった。
尤も、どれだけ後悔したって変わるものはないけれど、ナマエの事を思い出すという行為は俺に何かを残してくれるような気がする。

今は、先に進むけれど…ナマエの事は、片時も忘れずに生きていく事を誓うよ。

違う世界で、ナマエが元気に過ごしていますように―――あいつに似た星に、そうやって祈りを捧げた。
2016.07.22
sw!!!tchのコウさんに、DQ30周年企画のリクエストで書いていただきました〜!3つの単語を指定するという形式の企画で、私からは「星」「祈り」「悲哀」をリクエストさせていただきました。
トリップで帰るか残留するかというのは究極の選択感がありますよね。当人だけでなく周りの心情としても。そういう葛藤がとても好きで、このお話を読んで切なさにギュンギュンしました…!
素敵なお話をありがとうございます!DQ30周年ありがたや…
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