薪の爆ぜる音が好きだ。焚き火の灯りが闇を照らして――またバチンと爆ぜた。揺らめく炎をじっと見つめていると、夜営も中々悪くないと思う。
 この炎を、自分だけの力でつける。それはナマエの目標になっていた。目標と言えども、他の仲間の夢や目標のような大きなものではない。しかし、その目標はナマエの夢にしっかりと繋がるはずだ。

 宿屋が空いていなかったおかげというべきか。いま、仲間は宿屋から借りたテントの中で眠っている。今日は、星がはっきり見える。雨は降りそうにない。練習にはもってこいだ。
 ゆるゆると空気を吸い込み、目前の炎を見据える。眠っている仲間を起こさぬような声で、一言。

「メラ」

 しかし飛び出すようなものなど無い。そもそも、ナマエはメラ系の魔法を苦手としている。基礎の基礎であるメラを使えないのだなんて。
 ――こんなので、魔法使いになれるのだろうか。と、その場に座る。

「へぇ」

 低い声がよく響いた。心臓をがっしりと掴まれた感覚に襲われて、あれほど鼓膜を震わせた焚き火の音も聞こえなくなって、声の主であろう人物が土を踏む音にだけ集中してしまう。

「お、起こしちゃった?」

 声が震えていないだろうか、変な顔をしていないだろうか。きっと顔が火照っている。俯いているのかいないのか、微妙な位置に顔を固定して、返事を待つ。

「ああ、あまりにもでかい声でナマエが叫ぶから――いや冗談だ」

 ククールはナマエの顔がみるみるうちに紅くなってゆくのを見てニヤリと笑った。近くの木にもたれかかり、小さくあくびをする。「それにしても、ナマエが一人で魔法の練習をしていたとはな」

「そんなに驚くようなことだった?」
「ナマエは魔法が得意だろ。ゼシカと練習するだけで充分だと思ってたぜ」
「ううん、魔法が得意なのはゼシカだよ」
「ナマエのヒャドはそこらの一流魔法使いを凌ぐんじゃねえか?」

 ククールの言った通り、ヒャド系の呪文には自信がある。しかしナマエはヒャド系以外の呪文はさっぱりだ。だから、ナマエが旅立った理由には魔法の修行も含まれている。
 魔法を練習するならば、まずはメラを使いこなすことが重要。そうゼシカに教わった。それからは、時間のあるときにゼシカに練習を見てもらったり、今日のように薪に火を放とうとしたりと(結局、出来なかったのだが)、自分なりに努力しているつもりだ。メラは基本のものではあるが、やはり魔法は魔法。一朝一夕には修得できないだろう。

「そう思ってきたけど、こうも失敗続きだと……」
「なあ」ククールが不意に声をあげた。

 木に凭れていたはずの彼がずんずんこちらに向かってくる。ナマエの近くまで来たと思うと、慣れたように方膝をついて、手を差し出した。乗せろ、ということだろうか。恐る恐る手を乗せる。互いの目と目が合った。想い人の美麗な青い瞳に、ナマエは魅せられている。しばしの魅了はククールに解かれることとなった。

「今から練習しないか?」
「……したい!」

 よし。ククールはそう満足げに笑った。ゆるいそれをククールは掴み、ぐいと引っ張る。

「さっきのは呪文も合ってたし、動きもまあ……そこまで問題ないと思うぜ。あとはイメージだな」
「イメージなら、ゼシカのメラを参考にしてるかな」

 そう言ったところで、ナマエは自分の間違いに気付いた。
 ――他人が放つメラを想像しちゃ駄目なんだ。実際に唱えるのは私なんだから、自分が放つところを想像しないと。

「……分かったかも」

 焚き火はまだ、力強く炎を揺らめかせている。きっとできる。大丈夫。自分自身を鼓舞して、無理矢理息を吸い込む。

「メラ!」

 飛び出た声は自信に満ちていた。緊張していたはずの心はどこかへと吹っ飛んだのか、今は清々しい。
 確かに、火が見えたのだ。ちいさなメダルぐらいの大きさだ。火の玉は焚き火の中に溶けて、それをわずかに燃え上がらせた。とてもメラを修得したとは言えないが、ナマエにとっては大きな進歩である。ククールも思わず立ち上がった。

「やった、やったよ!」

 嬉しさのあまり、ナマエはククールの手を包み込むように強く握る。あ、と気付いたときには、顔がまた熱をためていた。
 ククールは全く気にせず、成功を喜んでくれたのだが。ナマエはなんだか恥ずかしくなって、誤魔化すつもりで空を見上げた。
 空は変わらずいくつもの星が輝いている。

***

「わあ、凄いじゃない、ナマエ!」

 ゼシカは感嘆の声をあげた。もっと詠唱の練習をしなければならないほど弱々しいものではあるが、ナマエは火を放てるようになったのである。
 朝起きてすぐに、昨晩やっと出来るようになった、と伝えた。はじめにゼシカは驚いたような顔をした。そのままにしていた薪に、小さな火の玉をぶつける。するとゼシカが目をきゅうと細めて喜ぶから、ナマエは心がいっぱいに満たされて、ついには宴をしているかの如く騒ぎたててしまった。

 ナマエがゼシカを師としてメラの練習をしていることは、仲間全員が知っている。しかし彼女は夜な夜な練習をしていた――それはただ一人を除いて、誰も知らなかった。ゼシカに「ずっと一人で、夜も練習していたの?」と問われたが、ナマエはにっこり笑ってごまかした。彼は偶然知ったのかもしれない。もしくは、ずっと前から知っていたのかもしれない。だが、どちらであるかなど気にしてもしょうがないのだ。
 テントをたたんでいるククールに感謝の言葉を言おうと声をかける。銀髪がさらりと風になびいて、陽の光がきらりと反射する。

「ククール、昨日はありがとう」
「はは、何のことか。オレはなにもしてないぜ?」

 目は合わなかった。ククールはすっかり小さくなったテントをくるくると巻き上げている。朝方の肌寒い風が木々を縫って、ナマエに触れた。ただつっ立っている自分がいたたまれなくなり、残った杭を引き抜こうと奮闘する。力をこめつつ左右に捻る。杭が抜けた。
 二本目を抜いて、三本目に取り掛かろうとする。ククールはテントの収納を終えたらしい。ナマエがちょうど三本目を引き抜いたころ、収納袋を持って彼女の近くまで来ていた。

「ナマエ自身の力でメラが成功した、それだけのことさ。オレは……そうだな、少しでも役に立てたんなら光栄だ」

 おめでとう、と。穏やかな声が、確かにナマエの耳には届いていた。
 かっちりと握りしめたままの杭を、彼女は離せずにいる。遠くで、誰かが早くして、と呼びかけている。ククールは困ったように声を漏らした。ナマエの手がゆるんで、杭が地面に落ちる。その音がナマエを現実に引き戻すスイッチとなった。杭を拾い集めて、袋の杭が集まっているスペースに入れる。心音が頭の上からはみ出てしまいそうだ。早くこの場を離れたい。

「さて、あんまりあいつらを待たせちゃ悪いしな。走るか」

 手を引かれて、足が二歩、三歩と動いた。意識してしまって顔は赤いし、緊張で汗が吹き出ている。そろそろ克服しないとなあ、とナマエは次の目標を決めた。
2016.06.10
Capricci*のむいさんに、一周年企画でリクエストしたものを書いていただきました。ククールくんのほのぼのです。
ククールくんの聖堂騎士的な大人の余裕感がとても…好きです……語彙がないです…こんな素敵なものをいただいてしまっていいんですかね!?ありがとうございます!!!
こんなところで言うのもなんですが、一周年おめでとうございます。これからもよろしくしていただけると幸いです。
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