――声が出ない。体も動かない。力も入らない。

考えること。見ること。出来ることはそれだけ。ああいつもの夢か、とナマエは心のなかでひとりごちた。村で平穏に、平穏だけれど幸せに、暮らしていたときからよく同じ夢を見た。声を出せず、体を動かせず、ただそこに"在る"だけ。考え、見、ただそこに"在る"だけ。

ナマエはどうしてこんな夢を見るのか、その理由を知っていた。幼い頃、一番気に入っていたお伽噺。竜の騎士として生まれた少年が、勇者となり魔王を倒すまでの物語。その最後、勇者と対峙した、強大な魔王が扱う魔法のひとつに"瞳"という宝玉をつくりだすものがあった。恐ろしく強力なその魔法は勇者の心強い仲間達を、一人ひとり宝玉のなかに閉じ込め考えること、見ること以外のことを何もできなくしてしまう。魂ごとすべて閉じ込めたその宝玉を、魔王は"瞳"と呼んでいた。

ナマエの夢はその"瞳"に良く似た宝玉となる夢だ。自分をそうしたのが誰なのかは分からないし、いつもその場所がどこかということも分からない。"見えている"のはいつも闇だけ。何もない、ぽっかりと空いた、どこまでも続く闇ひとつ。けれどそこはナマエにとって、心から喜びを感じられる闇だった。幼いころは怯えていた闇に、自ら望んで進んで行った、ような。

どうしてだろう、ナマエは夢が覚めるのを待ちながら考える。覚めないでいてくれと願いながら考える。ナマエはこの何も見えぬ、闇のなかに留まりたいといつも、夢の中で願っている気がした。どこまでも、どこまでも。危うく、深い闇はナマエにとってなぜだかとても愛おしいものに思えるのだ。愛おしい、離れたくない、日の光よりもこの死に近い闇のなかで、呼吸をしていたいと願っている。揺らぐ心が恐ろしいと訴えても、愛おしさが全てを包み込み、ナマエの動かぬ口元を微かに、緩めさせてくれる気がする。



――――……―、―――…



懐かしい声が呼んでいる気がした。目が覚めるのだろうか。そう考えるとどうしようもなく、頭の中を感情の"痛い"が支配する錯覚に囚われた。寂しい、嫌、ここに居たい。初めて視線が交差したあの時から、ずっと、ずっと。ここに来たいと心から、心の奥底から願っていた。どうして、どうしてだろう。ここには何が在るんだろう。私の夢見るこの闇は、私の今"在る"この闇は、私に何を与えてくれるのだろう。――欲しいものを、欲しいモノを。魂を売り渡し、ひたすらに懇願し、得たかったもの。ヒトではなくなってでも、得たかったもの。それはこの世に"在ってはならない"とされる。

――出会うべくして出会った果てに、どうしてこの感情が生まれたのか。




「この冥王の傍を望んだのだろう、ナマエよ」


そうです、と声に出そうとして。口はぴくりとも動かず。それでも満足したのか闇は、愚かな、と愉しそうに"口を動かした"。闇のなかで見えずとも、なんとなくそれが分かったナマエは、体の奥からフツフツと湧き上がる激情に耐えることに必死だった。ああ、ああ!大好きな家族の顔を、大切な村の仲間の顔を、思い描き尚この恋情が、愛が、揺らぐことは一度もなく。ただひたすら、長い指先が触れるその瞬間を楽しみに。鎌を飾るべく唯一埋め込まれた宝玉のなかで、ナマエは魂を揺らめかせた。

戯れだと言わんばかりの表情が闇の隙間から見える気がして、やはりナマエは微笑みたくなる。戯れでもなんでも、ナマエは心から幸せだと小さく家族に謝った。

エテーネの村で、最後一人残ったナマエにネルゲルは一瞬だけ、見惚れたのだ。それは死を司る冥府の王が唯一、絶対に手に入れられないもの。自らを産み落とした二つ目の太陽よりも、燃え盛る炎の色が濃く、美しい瞳。

ただ自分を見つめるばかりで絶望も悲嘆も気を狂わせることもないナマエに、ネルゲルは手を翳して問うた。ナマエを殺し、魂だけを宝玉に閉じ込め、愛でてやろうかとナマエに問うた。嬉しい、と囁くように返したソレが、"ナマエ"という名の宝玉が。戯れではなく、永き時を経て愛おしくなりつつあること。


―――−冥王が、その感情の名を知ることはない。
2016.03.24
エレクトロックの星乃さんから、誕生日祝いと10開始祝いにいただきました…!!
ネルゲル様がネルゲル様できゅんきゅんがやばいです(わかる)ネルゲル様は夢小説…
既に10回くらいは読んでいるのですがときめきがおさまりません…本当に素敵な小説をありがとうございます……!!
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