「ここは猫ちゃんを描くのにちょうどいいの!寝るならよそでも出来るでしょ、譲ってよ!」
「そっちこそ絵ならここじゃなくても描けるだろう」

俺と見知らぬ女子生徒(制服から同じ高校の生徒らしいと知れるが、知った顔ではない)は、公園のベンチをはさんで口論していた。

発端はなんだったか。
確かそう、俺がいつものようにベンチで寝ていたら、突然現れたこいつがいきなり叫んだのだ。
「そこ!あたしのベストポジション!」
無視して寝続けるにはあまりに大きな声だったのでとりあえず起きて話を(半分くらいは流しながら)聞いてみた。

曰く、中学生の頃からこの公園とここに集まる猫を気に入っていて、ずっとベンチで猫と戯れたり絵を描いたりしていたと。
このベンチで餌をやっているうちに猫たちに覚えられて、ここがいつもの場所になったと。
猫は家(というか場所)につく生き物のため、覚えてくれたここのベンチでなければ駄目なのだと。
数年来通い続けている場所だが最近は忙しく来られなかったらしい。
そして俺がここによく来るようになったのが、その来られなかった期間と重なるのだろう。

「下らん」
「何おうっ!」
「わざわざそんな理由で起こすな。寝る」
「あっそうお休み…じゃない!寝るのこの流れで?!」
「うるさい」

よく叫ぶやつだ。
まだ何か言っていたが無視していると、そのうち諦めたのか静かになった。



だが諦めたのはその時だけだったようで、次の日も、またその次の日も、俺が公園に行くといつもそいつはいた。
ある時は寝ている俺をたたき起こし、またある時は先にベンチに陣取って勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
寝ている時顔の上に猫を乗せられた(いつの間に聞いたのか知らないが、戸倉から教わったと言っていた)こともあった。
猫たちを侍らせて楽しそうに遊んでいたこともあった(その隙にベンチに寝たら猛烈に怒られた)。
真剣な表情を絵を描いていたこともあった(途中でモデルの猫に逃亡されて書ききれなかったようだ)。



そんな風景が日常となっていたある日。
いつものように公園へ向かうと、あいつはベンチの前で立ち尽くしていた。

「どうした?」
「あ…」

これ、と指差したのはベンチ。
そこには、ベンチが近いうちに撤去されるという旨の張り紙がされていた。
末尾にはこの公園の管理事務所と責任者の所在が表記されている。

「…」

ここがなくなるのは痛いが、かといって決定を覆すのも難しいだろう。
大きくなったようでいて、高校生というのはまだ子供だ。
大人の決定には従うしか、ない。

「…嫌だよ」

ぽつ、と漏れた呟きに何も返せずにいると、肩(というか腕)を掴まれた。

「櫂くんは嫌じゃないの?!だって、ここずっと使ってて、猫ちゃんたちもここ来るし、そんないきなり老朽化とか言われたって、問題何もなかったし、」
「落ち着け」
「落ち着けないよ!だってここなくなったら、櫂くんと一緒にいられない…!」
「…!」

腕を強く握られてまくし立てられた。
出会ったばかりの頃のように豊かな感情を惜しげもなく溢れさせて、涙混じりで。
そして最後の言葉に、目の覚めるような衝撃を受けた。

…そうか。俺たちはここで繋がっていたんだな。
そして、こいつはその繋がりがなくなることを恐れるほどに、大切に思ってくれている。
それは多分俺も。
きっと、ここがなくなってしまうのは惜しいと、まだ一緒にいたいと、そう思っている。
少しだけ、笑みが漏れた。

「何で笑うの…?」
「最初の頃、口論になっただろう。ここで」
「…え?」
「お前は俺に、ここじゃなくても寝られるだろうと言った」
「……」
「俺はお前に、ここじゃなくても絵は描けるだろうと言った」
「うん、そう、だった…ね」

何となく意図を図りかねているようだが、少しは落ち着いたようだ。

「だったら、ここじゃなくても俺たちは一緒にいられるんじゃないのか?」
「……!!」

小さく息を呑む音が聞こえた。
たとえこのベンチがなくなっても。公園自体がなくなったとしても。
俺たちは、繋がっていられるはずだ、きっと。
目元を勢いよく拭い、あいつは満面の笑みを浮かべた。



「で、なんだったのかな…、この消える消える詐欺は」
「撤去した後再設置しないとは書いていなかったからな」

結局また、俺たちは公園のベンチにいた。
撤去通知は嘘ではなく、実際前のベンチはなくなったのだが、替わりに同じところに新しいベンチが置かれたのだった。
ベンチの色や形が変わっても、猫たちは前と同じようにここに集まってくる。
最初こそ新品の臭いに寄りつかなかったものの、いつものように餌が貰えたり遊んでもらえるらしいと気づいた猫たちの適応は早かった。
前と変わったことといえば、俺たちはベンチを奪い合うのではなく、並んで隣に座るようになったことか。
ねこじゃらしを振りながらぼやく声に、別の猫を撫でながら答えた。
あの時取り乱したことが恥ずかしいのか、そっぽを向いてしまった彼女。
だが俺は、あのことがあってよかったと思っている。
きっとあれがきっかけで、俺たちの関係は形を変えていったから。

「…少し、膝を借りるぞ」
「えっ、ちょっと、櫂くん…!」

少し位置をずらして、彼女の膝に頭を乗せた。

「寝る。静かにしてろ」
「もう!やっぱり勝手なとこ変わってない!」

怒り出す声に笑みで応えながら、目を閉じた。
この幸せが、ずっと続くようにと、願う。
2014.12.03
「水時計」の遠霧湊さんから、相互記念ということでいただきました。
櫂くんとほのぼのというちょっとアレな組み合わせをリクエストしてしまったのにもかかわらず、嫌な顔ひとつせずに書いてくださってほんと…ほんと嬉しかったです!
これからもよろしくお願いします!
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