はじめから知っていた。私が作られた存在に過ぎないこと。私があんるしあさまのための、人形であるだけの存在であること。ゆうしゃという、とてもすごい人になるために、あんるしあさまが苦しんでいたこと。全て、私は知っていた。
 薄暗い光から生まれた私は、どうやら魔力タンクとして作られたらしかった。あんるしあさまが必要なときにいつでも魔力を供給できるように、私はあんるしあさまに常に付き従った。それが私の存在意義だった。
 私という存在について、私の在り方について、疑問も反感も抱いたことはなかった。あんるしあさまは私に、余計なことは教えなかったから。
 私があんるしあさまに教わったことは、あんるしあさまがいつかゆうしゃになること。そのためには私がいずれ必要になるだろうということ。私はあんるしあさまのために生まれ、あんるしあさまのために生きる。自分の足でグランゼドーラの地を踏んだときから、私はあんるしあさまのためだけに存在している。
 それは今でも変わらないのに、たった一つ変わってしまったことがあった。

「……あんるしあさまが、いない」

 朝、目覚めて一番に思うこと。浮かんできた言葉をそのまま外へ吐き出すと、私はあのブロンドを求めて寝室を飛び出した。いないと分かっていても毎日探してしまうのは、今までは朝一番に見るのがあんるしあさまの顔だったから。朝の空気と一緒に現実が身体に馴染んでくると、あんるしあさまを探す足はやがて止まる。
 あんるしあさまがいなくなってから、グランゼドーラは変わった。誰もすてきな未来を語らなくなった。誰もうつくしい自然に目を向けなくなった。誰もが何もかもどうでもよくなって、まるで一切の時の流れが止まったようだった。
 私と同じだ。あんるしあさまのために作られた私たちは、あんるしあさまがいなくなってしまった今、全てを持て余している。自分に与えられた役割も、暮らしぶりも、名前さえも。ナマエという存在は、あんるしあさまがいなければ何の意味ももたないのだ。
 あんるしあさまが消えたあの日、私も一緒に消えてしまいたかった。決着をつけにいく、それが、私の聞いたあんるしあさまの最後の言葉だった。どうしてあんるしあさまは、私を連れて行ってくれなかったんだろう。

『あんるしあさま、私も一緒に行きます!』
『いや、ここに残れ』
『何でですか!』
『それは……、そうだな……。私は、切り札は最後まで取っておくたちなんだ』

 あの時、得意げに笑ったあんるしあさまは、ターコイズブルーの瞳を細めて私の頭を撫でた。大人しくいい子で待っていれば、本当のゆうしゃになって帰ってくると。そうしたら、行くべき世界へ一緒に渡るのだと。あんるしあさまはそう言った。

『でも、私も一緒に行ったらもっと簡単にゆうしゃになれるのに……』
『そう言うな。言っただろう、お前は私の切り札……、すべてを満たす変数だ』
『………』
『半端なところで失っていいものじゃない。私が真の勇者になってのち、必ずお前が役立つ時が来る……。分かるな?』

 諭すようなあんるしあさまに、私は頷かざるをえなかった。今思えば、ここで食い下がっていたらよかったのだ。でもそれは後の祭りでしかない。だってもう、私の君主はいないのだ。
 ゆうしゃも新しい世界も、あんるしあさまの語った全ては、今も私の中に根付いて消えない。私の生まれた理由も、今生きている理由も、全部あんるしあさまのためなのに。そのあんるしあさまがいないなんて、こんなやるせないことがあっていいのだろうか。
 必要のない呼吸、意味を持たない瞬き、虚ろなだけの鼓動。すべて肯定してくれるのはあんるしあさまだけだった。あんるしあさまこそ、私の世界。すべてを満たす変数だったのだ。
 だから私はわからない。あんるしあさまのいない世界で、どうするべきなのか。いっそ、もう使い道のない魔力で、こんな世界は全部壊してしまったらいいのかもしれない。けれど所詮私はあんるしあさまの人形――あんるしあさまがいなければ、私は何もできない。あんるしあさまが居なくなって初めて知ったその現実も、今の私には、ただ持て余すばかりだ。お遊びのつもりで出した炎が、ちりりと、私の髪の毛を少しだけ焦がした。
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