柔らかな光の差し込む午後。いつもと同じく穏やかに流れる時間の中に、幼い来訪者がいた。私の部屋の窓辺、暖かな陽射しに包まれた空間で、子どもらしい寝息を立てている。その銀色の髪を一房、そっと掬ってみると、つやつやと輝きながらばらけてもとの場所へとおさまった。私の膝上へ頭を預けた少年は、撫でつけてやるとわずかに身じろぎをする。そこがまた、いたいけだった。
 マイエラにやってきたばかりの少年――名を、ククール――は、自分の居場所を探し出すのに相当難儀しているようだ。院長と私以外の拠り所を知らない彼は、こうして時折私の部屋へとやってくる。そして安心したように眠るのだ。無防備で邪気の無い呼吸音は、一定の間隔を置いて繰り返し紡がれている。
 その旋律に割って入る、戸を叩く音がふたつ。

「ナマエ様、失礼しま……」
「静かに。今はかわいいお客さまがいらっしゃっているので」
「……すみません。院長はどちらに?」
「さあ。私は聞いていませんね。おおかた忍びで出掛けられたのでしょう。きっとすぐに帰ってらっしゃいますよ」
「……そうですか。では、失礼しました」

 控えめな音を立てて扉が閉じたのを見届けると、視線を手元へと落とす。そしてひとつ、声も落とした。

「……もう行きましたよ」
「……、……本当?」
「ええ。だから、そんなに裾をきつく握り締めるのはおやめなさい。皺になりますよ」
「うん……」

 ククールが安心したように息を吐く。よく顔は見えないが、その瞳は不安げに揺れていることだろう。
 自分に居場所がないというのは、幼い子どもには酷なことなのだ。姿なく押し寄せる不安の波から逃れるために修練を休んだとなれば、またククールは周囲から責め立てられるだろう。そして一段と孤立していく悪循環だ。
 だからせめて、私のもとへ逃げ込んで来たときだけは守ってやろうと、小さな陽だまりを居場所として分け与えている。それはククールのためと言うよりは、一種のエゴなのかもしれないのだが。しかし結果としてククールがそれを受け入れているなら、取るに足らない事象で済まされるだろう。

「……寝足りないでしょう、もう一度お眠りなさい」
「うん……。ねえ」
「何です?」
「……、お母さんって呼んでも、いい?」

 銀の毛束を梳く手が止まる。幼い少年が何を考えているのか判りかねるが、不安にかられた子どもの言いそうなことだと思った。
 親を失い、家を失い。新しい環境に身を置いたと思えば、そこには自分を恨む兄がいて。ありがちな表現をすれば、少年の心は折れる寸前のところまで来ているのだろう。私は傷ついた子どもの心に寄り添うほど優しくはないのだが、どうしたものか。

「……今だけですよ。かわいいククール」
「ありがとう……、おかあさん、おやすみ」
「ええ、ゆっくりと」

 再び私の膝へ沈んだククールの頭を撫でつける。銀色か太陽光を跳ね返して、にわかに目を攻撃した。
 哀れな子羊の無力な寝息を受け止めながら、偽物の母を演じて、優しい手つきを保って銀を梳く、そんな午後のこと。
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