竜族には手紙を書くという風習がないと、聖都の郵便局を訪れたときに聞いた話を、今になってナマエは思い出した。
 ナマエの目の前に差し出されているのは紛れもなく手紙である。使われている便箋は、たしかナマエが聖都の郵便局員に材料の調達を頼まれて作ったもの。郵便局員はあのとき、これで炎の領界の住人たちにも手紙の文化が広まれば良いと言っていた。
 差し出されたそれを受け取るより前に、ナマエは目の前の人物を見上げて、問うた。

「……トビアス、これは?」
「僭越ながら手紙をしたためましたので」
「いやいやいや、そうじゃなくて……」
「お受け取りいただけなければそれまでです」
「あーっ違う、もらう! ありがたく頂戴します!」
「ならば、良かった」

 ナマエに手紙を渡したトビアスは満足げに笑ってみせた。その表情に心臓を高鳴らせたナマエは、期待半分、不安半分といった気持ちで封を開けた。
 最近覚えはじめた竜族の文字。ずっと文化の中に生きてきたトビアスなのだから当たり前なのだが、ナマエの書くものよりもずっと端正なかたちでそれは書かれていた。もともと綺麗な文字を、さらに読みやすいよう丁寧に綴られたそれ。加えて言葉を習い始めた者にも分かりやすいように文章も考えられていた。
 トビアスの性格がよく分かるなあ、と思いながら、ナマエは手紙を読み進めていく。

「……ねえトビアス」
「なんでしょう」
「これ、解放者さまの誕生日祝いを教団で、って書いてある気がするんだけど……」
「ええ、そう書きましたから」
「……誕生日祝い!?」

 何度も手紙とトビアスとを交互に見て、ナマエはたったひとつ受け取れた情報が正しいものなのか確認する。その様子を見ていたトビアスがふっと笑った。

「わ、笑わないでよ」
「失礼。あまりに予想した通りの反応だったので、つい」
「……そりゃ、驚くよね。まさか祝われるなんてとか、なんで私の誕生日知ってるの、とか……」

 便箋で赤らんだ頬を隠すようにしてトビアスを見つめるナマエ。心なしか機嫌が良さそうに口角を上げているトビアスと視線が合って五秒後、耐えきれなくなりナマエは俯く。

「なんでも何も、解放者さまが自らアピールされていたとエステラより聞きましたので」
「えっ!?」
「腹話術がどうとか……」
「腹話術……」

 トビアスの話を聞いて、ようやくナマエも合点がいった。トビアスがエステラから聞いた話というのは、おそらく一週間ほど前のシオンからの交信のことを言っているのだ。
 アストルティアとは時間の流れが違うナドラガンド。ナマエが異世界へ渡ってからどれほどの時が経ったのかを掴みやすくするために、シオンが寄越してきた通信。その中でシオンが、アストルティアではもうすぐナマエの誕生日が近いことを知らせてきた。確かにその場にエステラも、居合わせていた。
 あのときは、もうそんな時期なのか、と軽く流していたナマエだったが、まさか今になって掘り起こされてくるとは思ってもいなかった。しかも腹話術で自分の誕生日をアピールしていたと思われている。

「は、恥ずかしい……」
「恥じることなどありませんよ。誰しも生を受けた日とは特別なもの。それ故に我々も祝いの席を用意したのですから」
「そういうことじゃなくて……」
「我々に祝われるというのはご不満でしたか?」
「……そういうことでもないんだけど、でも……」

 うまく言葉にできずに言い淀むナマエの手を、さっとトビアスがさらっていく。

「経緯はどうであれ、私は解放者さまを祝えて嬉しく思います。大切な方の特別な日を共にできることは、この上ない幸せなことです」
「……トビアスは、ずるい!」
「はっ?」

 むずがゆさを感じつつ、トビアス手製の招待状を一生の宝物にしようとナマエはそっと決意する。
 ナマエの頬の赤みが引かないうちに、トビアスはナマエの手を優しく引いた。

「それでは参りましょうか。皆解放者さまがいらっしゃるのを待っておりますので」
「う、うん」
「……俺から、一足先に」
「へっ?」
「解放者さま、お誕生日おめでとうございます。今すぐに、とは難しいですが、解放者さまの歩む未来が素晴らしいものとなりますよう」
「……、あ、ありがとう……」

 既にトビアスの一言でいっぱいいっぱいのナマエは、トビアスとナマエの手があまりに自然に繋がれていることには気がつかない。
 ナマエがトビアスに連れられて大聖堂へと向かう道のりの間、ナマエは自身に白き導き手を託し、あのタイミングで交信を入れたシオンにただただ感謝をするばかりだった。
2016.09.14
お誕生日おめでとうございます!!いつもお世話になっているのでせめてものお祝いに書いたものですが圧倒的偽物臭…!!ウン本家にはかなわない…
これしか用意ができず申し訳なさがありますが、改めてお誕生日おめでとうございます。星乃さんが素敵な一年を過ごされますように…!
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