ガーデンテラスへ向かう途中、もはやすっかり見慣れてしまった長髪を視界に入れた私は、露骨に顔をゆがめた。隠れているようで実は全く隠れるつもりなどないこの長髪の持ち主――日々樹渉は、私の前に躍り出ると両手を大きく広げてみせた。

「おやおや、ナマエさんではありませんか! こんなところで出会うなどやはり運命……アメイジング! さあ、素晴らしい世界に祝福のキスを……」
「しないわよ」
「おや、つれない態度ですね……。しかしそんなところもクールで素敵です、アメイジング!」

 冷たい視線を送っても、やはり目の前のこの男は気にする様子もない。もしかしたら、私の冷ややかな目にすら気がついていないかもしれない。

 いわゆる、ストーカーというやつだった。私の行く先々に現れ、感嘆符を撒き散らし、嵐のように去って行く。聞けば日々樹は、私の行動パターンを把握しているという。何曜日はどこで昼食を摂るとか、移動教室のときは誰と移動するとか、そういったこと全て。聞かされたときは寝耳に水だったし正直気持ちが悪かった。となりのクラスにはあんずがいるとはいえ、一応私はアイドル科で唯一の女子生徒である。英智に相談してみても、「渉は相変わらずのようだね」と笑っているだけで何の解決にも至らなかった。これがスルーで許される案件なのかは甚だ疑問である、生徒会長。

「……それで、運命の出会いとか言ってるけれど。わざわざ待ち伏せしてたんでしょ? 何の用事だったのよ」
「確かに待ち伏せはしていましたが特に用事はありませんねぇ」
「帰るわ」
「ああっ冗談です! フフフ……用事ならきちんとありますからね!」

 日々樹に背を向けてそのまま去ろうとした私の腕を、日々樹がさっと掴んだ。勢い良く掴みにきた割には痛くないように力加減が調整されていて、へらへらしているくせにそういうところは抜け目がないのだと再確認する。振り返った私は日々樹の目の輝きにあてられて、仕方なく、本当に仕方なく「用事って何よ……」とこぼしたのだった。

「実は、新技を考えついてしまったのです」
「新技?」
「ええ、ええ! フフフ……食いついていただけたようで何よりです」
「別に、食いついたわけじゃ……」
「照れ隠しなど、この日々樹渉の前には無意味ですよ!」
「だから……、聞きなさいよ……」
「さあ、ナマエさんの期待にバッチリ応えてみせましょう……!」
「はあ……」

 マントを靡かせ一回転、ポーズを決めた日々樹は恭しく私の手を取ってみせた。日々樹と目が合うと、日々樹はにこりと微笑んでみせる。こうしてただ笑っているだけなら、ずっと格好いいと思うのに。
 私の手を握ったまま、二、三度縦に振ってみせる日々樹。何をしようとしているのかが検討もつかないので、やはり男性らしく大きいその手を見つめていた。そして、日々樹が私の手を解放すると。

「わ……」
「どうです、驚いたでしょう」

 私の手には、可愛らしい一輪の花。男子が女子に贈るものとしてはセンスは悪くない。ただストーカーから貰っても気色の悪いものでしかないのは事実だ。

「……、まあ確かに、驚いたけど……」
「ほう。その反応、まだこの技には欠けているものがあるのですね? ならば一刻も早くナマエさんの期待に応える新技を開発せねばなりません」
「はっ? ちょっと日々樹……」
「フフフ、それではナマエさん、またお会いしましょう!」
「なんだったのよ……」

 ひとり残された私は、ぽつりと呟くしかない。何だろう、この複雑な気持ちは。やっぱり人の日常をかき乱すだけかき乱しておいて、あっさり消えてしまうのが日々樹渉ということか。
 手元の花に視線を落として、そっとため息をつく。確かにこの花は可愛くて、貰って迷惑だなんて思ってはいないのだ。
 日々樹が、俗に言うストーカーでなかったら。純粋に「好意」だと受け取れる状態で、この花を贈ってくれたなら。そうしたら私も、もしかしたら日々樹を好きになっていたのかとしれないと、なんとなくそればかりが頭の中を渦巻いている。
 「本当に、迷惑なストーカー……」、払拭できない思考にとらわれて暗い顔をした私と、明るい色を振りまく一輪の花。青い空の下で、ふたつの対比がいっそ笑えてくるくらいに、際立っていた。
2016.04.28
お誕生日プレゼント……だったのですが、書くと言ってから一年ほどが経とうとしてしまっていました。謝ることしかできません。本当にすみません……。
日々樹渉と当サイトのあんスタ夢主、というリクエストだったと記憶しています。あれからあんスタを取り扱いジャンルから外したりと色々ありましたが、久々に書けて楽しかったです。お誕生日おめでとうございました!次の誕生日の方が近くなるまでお待たせしてしまって本当に……ごめんなさいとしか……。
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