泊まった教会のバルコニーから、ちょうど星空がよく見えた。眠れない夜の暇つぶしにはそれなりに良かった。幾つか星と星を指でなぞって繋いでは、また新しく繋ぎなおしていく。星たちはいい。ただそこで輝いていればいいのだから。ため息が漏れ出る。
 センチメンタルになっていた。一度命を奪われ、再度与えられたとあらば当然のようにも思えるが。自分自身を貫いた剣の感触は今も鮮明に思い出せる。

 昼間の戦闘で情けなくも全滅した俺たちは、トロデ王とミーティア姫によって一番近くの街へ運ばれた。一度失われた命は戻ることはない。しかし俺たちは蘇生を果たした。教会の神父曰く、俺たちの背負った運命が、死ぬことを許さなかったらしい。
 そんな理由で再び両足で立つことができた俺は、果たして自分が『世界を救う使命』を背負うに値するのか疑問に思えて仕方がないのであった。
 俺がこの旅に同行するようになった理由はひどく曖昧だった。エイトは城にかけられた呪いを解くため、ヤンガスはエイトの人柄に強く惹かれて、ゼシカは兄の仇を討つため。俺は、と考えれば、色々な感情が綯い交ぜになってとりあえず「院長の仇討ち」と答える他はない。
 もちろん院長の仇は討ちたい。だが俺が旅に出る前には、色々とありすぎたのだ。だから、同じ仇討ちでもゼシカのものとは全く違う。俺はゼシカのようにはなれない。いっそ危ういまでに真っ直ぐな仇討ちは、俺にはできない。迷いのある剣筋のままエイトたちについていって、果たして望む結果が得られるのか疑問だった。あーあ、なんて間抜けな声が闇のなかを抜けていく。

「眠らないんですか?」

 女性らしいソプラノが、静寂をかち割った。視線を右側に向ければ、昼間俺たちを泊める手配をしてくれたシスターがそこにいた。部屋はそれぞれ区切られていても、バルコニーは繋がっている造りのこの教会には、プライバシーもへったくれもない。ため息を吐くと、「私の部屋、あなたたちの使っている部屋の隣で」もシスターが照れ臭そうに笑った。

「……あんたこそ寝ないのか? 神に仕えるシスターが夜更かしとはねえ」
「寝ていましたよ。ごそごそ物音がしたので起きたんです」
「ああ、起こしたのか。悪かったな」
「いいえ。それよりも、明日からまた旅に出ようという方がこんな時間まで起きていることの方がどうかと思いますよ」
「……ちょっと考え事をしてたら、気がついたらこんな時間になっちまった」
「寝不足で戦闘に出てまた教会送り、なんてことにならないといいですね」
「あんた……」
「うふふ。怒りました?」

 骨抜きにされるような笑みではなかった。しかし邪気のないというか、子供のような笑顔だった。怒る気力を削ぐような、そんな笑顔。今まで出会ったことのないタイプのシスターだ。勿論それだけで心臓がどきりと音を立てるとか、恋に落ちてしまうなんてことはない。ただ、何となく覚えた安心感に似たものに少し戸惑う。早まるよりむしろ安らいだ心臓が、抱えた感情を吐露してしまえと迫ってくるような、緊迫感を伴った安心感。

「今日は星が綺麗ですね」
「……そうだな」
「危うくあなたもあの一つになってしまうところでした」
「………」
「けれど、あなたの運命がそれを許さなかったんです。あなたはこんなところで死んでいい人間じゃない、良かったですね」
「……神ってのは勝手だよな。そんな大層な運命を背負わせてくれてよ、全くありがた迷惑って話だ」
「自分がそれだけの運命を背負うに値しないと?」
「……。そうだな。情けないけど、俺にはそんなもん成し遂げられねーよ。こんなところで死んじまうような奴だしな」
「私はそんなこと、ないと思います」

 シスターの目はまっすぐに俺を捉えていた。困惑、畏れ、ほんのわずかな期待――全ての感情を見抜いた上で、それでも関係ないと言うように貫いてくるような視線。

「あなたらしくあれば、どんな運命を背負っていようと完全無欠でいられる。私はそう思います」
「は……、俺らしく」
「そうです。何かを悲しんでも憎んでも、弱くても死んでも、それは全部あなた自身なんだから。肯定してあげてください。あなたを」
「…………」
「……なんて。受け売りですけど……でも、私も本当にそう思うんです。幸いあなたは、ことを成し遂げるまではいくらでも蘇ることができます。諦めの悪さも、時には必要ですよ」

 諦めの悪さ。そんなものは現実を変える力などないと思っていた。俺はそれを身を以て知っている。諦めるしかないこともあるのだ、時として。けれどもし、例えば、根気やらねちっこさやら、そんなものが世界をうまく動かしてくれたなら。美しくはなくとも、それが俺の望む結末をもたらしてくれたなら。シスターの投げかけた言葉を、俺は随分と自分本位に噛み砕いていた。
 世界がそんなにうまくいかないことは知っている。自分が抱えているあれやこれが簡単にはおろせない荷物だということも知っている。けれど賭けてみたくなったのだ。どこの誰とも知らない、ただひとりのシスターに。

「……あんたの言ったことが正しいのかどうか、今は分からねぇ」
「…………」
「次に。次にここに来た時、俺が棺桶に入ってなかったら……、きっとあんたの言葉は正しい」
「……、はい。待ってます。そのときは寄付金、たくさんいただきますからね!」
「ちゃっかりしてんな……。だが、相応の礼はさせてもらう。神に誓って、レディ」
「わっ、私は聖職者ですよ……!?」

 闇夜の中で、確かにこのシスターは俺を掬い上げた。ずっと遠くで静かに燃える星々のように。それが正しくても間違っていても、ひとりの人間が救われた事実に変わりはないだろう。
 迷い込んだ一匹の哀れな子羊は、きっと次には諦めの悪いただの人間に――少しだけ、世界に貪欲になっている。いつになるとも分からないが、星が燃え尽きるまでには必ず舞い戻るのだ。背負わされた運命が、そう予感していた。
2015.12.29
青春エレクトロックの星乃さんへ、以前いただいたククールのお礼として書かせていただきました…!
ククールもらったのが5月でしたね…私は何をしていたんでしょうね……しかもあんな素敵な文章もらっておいてお返しがこんなもので良いのでしょうか?と思いたくなるほどの出来になってしまいました…つらみ 文章書くの励みたいところです……(以前お話した作品交換もやってみたいと思ったり)
書き直しいつでも受け付けますので!!こんなのククールじゃねえと思ったらいつでも殴り込んでください!!甘んじてボコられます!!
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