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慣れてきたころが一番危ないのよ

これは私が母に再三言われてきた言葉である。
幼い頃から言い聞かせられてきたのにもかかわらず、去年新卒でこの雷門株式会社に入社して、今年2年目を迎えそろそろ会社の仕事もてきぱきこなせるようになってきた頃、母の言っていた通りこの時期が一番危ないのだということを身を持って思い知る羽目になった。


私、苗字名前は人より少しめんどくさがりやな女だった。
どのくらいかと言うと、部屋の片付けは年末の大掃除の時にしかやろうとしないし(そのため部屋はちょっとした物置みたいになっている)、洗濯も基本的に篭に入れて終了しお母さん任せ(だから洗濯機の使い方が分からない)、一階のリビングに降りて来てから、二階にある自分の部屋に忘れ物をしたと気付いた時は妹をパシるか諦めるかの二択(文句を言いつつ取ってきてくれるから本当に良い妹を持ったと思う)、ついでに言うと25にもなって料理と言えばチャーハンぐらいしか作れないし、家では基本高校のときのジャージに前髪上げたダッサイスタイルだし、と雑誌で干物女度チェックしたら全部当てはまって干物女度100%を叩き出すぐらいの駄目っぷりである。
しかしこんな私でも、一応プライドというものがあるので外ではとりあえず化粧もして、服にも気を使って、上司にも率先してお茶を配ったりと普通のOLを演じていたのだが、ある日事件は起きた。
その日は 朝から大寝坊をかまし、いつもより一本遅い電車に乗りがたんごとんと揺られながら見た携帯の占いでは12位でまあほんと、初っぱなから最悪なスタートだった。
しかし不屈の精神でいつものように部長にお茶出しをした後、自分のデスクについて仕事をしていたら隣の隣の席の風丸(同期)がやって来て、「悪い苗字、ホッチキスの針あるか?」と訊ねた。私はそういう文房具系は大抵一通り持っているため「ああ、あるよ」と何も気にせず引き出しを開いた。今思えばこれがよくなかったのである。
自分の部屋さえまともに片付けられない私がこまめにデスクの中身を掃除出来る筈がないわけで、そろそろひどいから明日あたりに掃除しようと思っていたシャーペンの芯がぶちまけられたりキャップの取れたペンなどが散乱している引き出し(私はこの引き出しをお道具箱と呼んでいる)の中を見て、「苗字って意外と雑なんだな」と苦笑した風丸に「昨日色々使ったんだけど途中で部長に呼ばれたから慌ててつっこんだままで今日まで忘れてたの」と無理やりすぎる言い訳をして、彼にホッチキスの針を手渡した。

風丸は何事も無かったように戻って行ったが、私は内心とても焦っていた。
どうしよう、これが原因で私がほんとは雑でずぼらな干物女だってバレて部内に広まったりとかしたら……!
机の整理を後回しにしてきた自分が悪いのだが、プライドだけは高い私がそんな事態を許せる筈もなかったが一通り慌てた後、とりあえずこの汚い引き出しを片付けようとシャーペンの芯をケースに仕舞うことから始めた。



「苗字、これありがとう」

風丸が針を返しに来たのは私が引き出しという名のお道具箱の片付けに苦戦しているときだった。
途中隣のデスクの吹雪くんに「苗字さん、年末でもないのに随分大がかりな掃除だね」と言われるほどがっつりやっていたのだが、開始数分で私には片付けのセンスがまるでないなと言うことに気付いた。とりあえずシャーペンの芯だけはケースにちゃんとしまったのだが、その後どうしたらいいか分からなくて困っていたところにやってきた風丸は「苗字はあんまり片付け上手くないな」と苦笑しながらもはっきりとそう言った。女の子みたいに綺麗な顔をしてるくせに性格はめちゃくちゃ男らしい風丸は、何とも言えない顔をした私に「手伝ってやろうか」と言ったが、私は「結構です」と即答。このまま私が片付けを続けても一向に綺麗にならないことは明白だったが、風丸に手伝ってもらうことはプライドが許さなかったのである。ほんと私低スペックな癖してプライドだけは無駄に高い!

「でもその調子じゃどうにもならないだろ」
「風丸に手伝ってもらう程じゃないよ」
「いや、お前自分が思ってるより事態は深刻だぞ」

なんかさっきより汚くなってる気がするし。ぼそりとそう呟いた彼にちょっとばかし、手伝ってもらった方がいいかなとも考えたが、男に片付けを手伝って貰うって女としてどうなのと思い直し私は風丸にもう一度「結構ですから」と告げて彼を追い払った。そう言った瞬間彼はちょっとばかしむっとした顔をしていた気がするけども、結構言いたい放題言われてむっとしたいのはこっちだった。
110716

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