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自分で言うのもアレだけれど、私はくのいち教室の中じゃ優秀な方だと思う。暗器を扱えば忍たまを含めても4年の中じゃ1番上手いし、座学の方も割と得意、化粧も毎日しているだけあってそこそこ上手くできるし、4年になってから本格的に始まった色の授業だって苦手じゃない。反射神経もいいと自負している。なのに、なのに綾部の穴にはいとも簡単に落ちてしまう。たとえ目印があったとしてもだ。ねえ、これってどういうこと?



本日も穴の中から空を見上げ溜め息をつく。1日1回は落ちるであろうその穴は今日はここ数日の穴より深めも深め。自分の頭より2m以上は上にある地上に、モグラというのはこんな気分なのかなと考えたが、今の私と違いモグラは出ようと思えば簡単に地上に出ることができるためこのモグラという例えは適当ではない。ではモグラでないのなら何だろう。保健委員か。保健委員はいつもこんな気持ちなのかと私が今落ちている穴とは違う穴に落ちているであろう保健委員の面々を想像するが、同じ人間だけあってなんだか感情が生々しかったのですぐに想像するのをやめた。私、苗字名前は綾部の穴に落ちる歴早や4年で、この4年間1日と休まず綾部の掘った穴に落ちているのだが(綾部には皆勤賞を用意してもらいたい)(そしたら受賞者はきっと私と保健委員のみんなだわ)、これだけ毎日落ち続けていても不思議と怒りの感情は途絶えない。先程から冷静に語っているように見えて私、かなり苛立ってるのよ本当は。毎日毎日暇があれば穴ばっかり掘りやがってこっちはお前のイレギュラーな穴のせいで毎日予定がどれだけ狂わされてるか……いや、綾部の穴があること自体は最早日常だからイレギュラーとは言えないけど、でも穴に落ちてすぐ発見されるときと、下手したら日が暮れるまで発見されないときとの時間の消費具合が大分違うのは大層イレギュラーだと思うのよ(綾部の穴は大抵私が出れない高さの物だから、自分で出ようなんて概念は最初からない)。そして人の予定をこの4年間ここまで狂わせておいて綾部本人は飄々としているのが気にくわないのね私は。綾部の穴に落ちる歴………ああ長ったらしいから綾部歴に少し略すわよ、綾部歴2年目のときに日が暮れるまで穴の中でじっとしているのは馬鹿らしいと気付いたのでそれ以降は自習セットを持ち歩くようにしてるけどそれでも穴の外の方が有意義に過ごせるのは確かだ。




 さて、私が穴に落ちてもう3時間程立つけれど誰1人としてここを通らない。同室の子辺りはきっと私を探してくれているのだろうけれど、まだここには気づいていないようだ。日も傾いてきたので本を読んで時間を潰すのにも限界がある。ぱたん、と本を閉じ再び空を眺め、ぼおっとしていること数分。唐突に茜色の夕日をバックにこちらを覗き込む顔が現れる。その顔は私が待ち望んだ同室の子ではなく、私の宿敵である綾部喜八郎。綾部は 私が穴に落ちていると必ず言う「おやまあ、また名前なの」という決まり文句と共につまらなそうに紐を垂らしたので、遠慮なしにその紐づたいで2m超の壁を上る。ああようやく出れた。久しぶりに広い世界に出たわ、と体の関節を動かした後綾部に向き直ると「アンタ、穴掘るのはいいけど出れる範囲で掘りなさいよ」。本当は穴を掘るなと言いたいところだけれど、それは言っても聞かないことは火を見るより明らかなのでこちらが譲歩した結果いつも綾部に遭遇したときの私の第一声はそれだ。引き上げてくれたことへのお礼は言わない。だって自分で蒔いた種だもの、自分で最後まで面倒見なさいよって話。………まあ、落ちる方が悪いと言われればそれまでなのだけれど。

「名前は性懲りもなくよく引っ掛かるよねえ」
「悪かったわね、どんくさくて」
「保健委員よりも引っ掛かってる」
「知ってるわよそんなこと」
「名前」
「は?」
「わたし、名前のこと保健委員よりすきだよ」
「………それはどうも」

それは保健委員よりもよくあんたの罠に引っ掛かってるからでしょ、と綾部の言葉に眉を思いっきりひそめると彼は じい、と私の顔を凝視する。負けずに睨み返していると「名前、かわいくない」。……………かわいくなくて悪かったわね!そりゃあ、あなたがいつも見ている作法委員長の足下にも及ばない顔の造りだけど別に口に出して言わなくてもいいんじゃないのかしら。普通に傷つくしむかつく。まあ傷つくよりむかつくの方がでかいけど。というか正直綾部に好きだと言われてもあんまり嬉しくない。綾部の好きの対象は作法委員などの身内を除き自分の罠に引っ掛かってくれる人だから、そんな条件に見事引っ掛かっても嬉しい筈がないのだ。それにしても何、私がそう思ってるの分かっててわざわざ口に出してそう言ってくるのは、何年たっても引っ掛かり続ける私を馬鹿にしているのかしら、だとしたらやっぱり腹立つ男だな。………そしてこの言葉を言ったのがひとつ下の浦風くんとか三反田くん、それか1年は組の子たちだったのなら今頃私は大層幸せな気持ちになっていたのに………いや、私は決してショタコンなわけではないのだけれど。

「ねえ名前」
「今度は何よ」
「名前はどうして落ちるの」

落ちるのって綾部の穴にってことか。そうなのか。っていうかどうして落ちるのってこっちが聞きたいくらいなのだけど。不機嫌な顔を崩さない私を無視して「ウンメイかもねえ」と綾部が一言。ウンメイ。………もしかして運命って言いたい?思わず目を見開いたわたしに「へんな顔」と相変わらず喧嘩売ってんのかと言いたい暴言を綾部が好き勝手吐いているがこっちはそれどころじゃない。運命って。え、何。綾部、意外とロマンチスト?目が乾燥するのもお構い無しに瞬き1つせずに目を見開いて固まっている私を無視して綾部は次の穴を掘りに行くらしくさっさと撤収してしまう。言いたいだけ言って消えるな馬鹿と叫びたいところだったがあまりの衝撃に固まった私の体は声すらも発してくれないのだった。

110311


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