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「ええと、いつまでたっても名前の精孔が開かないので今日は強硬手段に出ることにしました」

誘拐事件からそろそろ2週間が経とうとしている頃、今日も健気に精孔を開こうと頑張るわたしに、ごめんね名前、俺らも暇じゃないからさーと言いつつわたしの頭に手を乗せるシャル。とてもさっきまで録画のバラエティ番組を見ながら爆笑していた人間とは思えない一言である。さっきまであんなに暇そうにしてた癖に急にどうした。いやどうせいつもの気まぐれでしょうけど。

「大丈夫、上手くいけば死なない。拒否反応が出るようならすぐ止めるから」

あはは、とシャルは爽やかに笑っているが、わたしはこの笑顔が一番危ないことを知っていた。頭の手を払いのけて「や、やめてくださいこのロリコン!童顔!」と思いついた言葉を並べていたらがしっ、と払いのけた手が頭の上に再び乗ったかと思えば「手加減は必要ないみたいだね?」と頭が捻り潰されるんじゃないかってくらいの勢いで握られたので、「ああごめん嘘嘘嘘!」やさしくしてよ一応幼女なんだから!と謝りつつも主張してみる。大体なんでわたしが念覚えなきゃいけないかってシャル達の仕事の都合でしょうが!『異界送り』が落とした先がこんな犯罪者の家じゃなかったらもっとこんな生と死の境界線を彷徨うようなイベントも起こりえなかった筈なのにと頭を掴まれながら『異界送り』に呪詛を吐く。こっちに来てから色んな一線を越えている気がする。

「ああもう、ぐだぐだ言ってないでほら、いくよ」

シャルがそういった瞬間だった。ぶわっ、と体の中に何かが流れ込んでくるのが分かる。その瞬間わたしの中で何かが”きしむ”音がした。

「…!」

声にならない声をあげ、シャルの手から離れる。何かがわたしの中を駆け巡る感じがした。全身の血が、細胞が沸騰してるかのように騒ぎだす。体から鳴っていたビキビキという音はシャルから離れた瞬間静かになった。ぜえ、はあと呼吸し床でごろごろやっていると「今のが拒否反応ってことかな?」とシャルが難しい顔をして立っている。多分、とわたしが声を返せば「うーん、困ったなあ」といつもの上っ面だけではない本当に困ったような態度なのでわたしも一緒に悲しい気分になる。

「普通はこれで精孔が開く筈なんだけど、やっぱり能力開発ってやつを受けてるからかな、開かない」

元から能力者ってのも面倒くさいな、とぶつぶつつぶやくシャルを余所にわたしはなんだか不思議な感覚に包まれていた。なんか体があったかい。これもオーラってやつを受けた影響?と考えていたら

「……名前、精孔開いてる」
「え!?」
シャルがわたしを指さして、珍しく驚いたような顔でそう言った。

「というか纏も出来てる」

「……なんで?」

拒否反応起きてたじゃん。なんで急に精孔開くどころかいきなり纏ってやつまでできてるんだわたしは。

「シャルがオーラ込めた時なんか全身が熱くて体がビキビキしてたんだけどもしかしてそれって拒否反応じゃなく体が作り替わったってことかな……」
「何それ怖いね」

元の能力消えてるとかないよね、ためしにちょっと『電子革命』発動させてみてよ、と言われたので言われた通り適当な家電に触れて能力を発動させる。結果を言えばちゃんと電子の流れは感知できたし、操ることも出来た。わたし自身の電子化もなんら問題はない。シャルに向けて両手で丸を作ったら

「体が作り替わったのは環境適応ってだけなのかな」

とシャルは顎に手を当てて考え始めた。まあわたしとしてはようやく精孔を開けられてこれで嫌味を言われずに生活できると大分喜んでいたのだが「まあいっか。とりあえず団長に報告しとこ」と携帯をいじるシャルはそうでないようだった。

「纏が出来るようになったからにはこれからビシバシ念修行するからね」

パタン、と携帯を閉じてにーっこり笑ったシャルにどうしようもなく背筋が凍り、もしかしたら精孔開けなかった方が良かったのかな、と思ってしまう。シャルのビシバシはほんとにスパルタなのであろう。スパルタは嫌だ!と叫ぶわたしに「名前の為なんだって」ともう何度目かも分からないセリフ。わたしが貰ったお年玉をお母さんが取り上げる際によく言われたセリフ。「将来の名前ちゃんの為だから」と言って使い込まれていたと知った時はどうしようもなく怒り狂ったもんである。返せわたしのお年玉。泣き出しそうなわたしに対し、「あと今度名前の念能力開花のお祝いにパクがお赤飯炊きに来るって」と言ったシャルだけど報告したのって団長だけじゃなかったのか。それから「初潮じゃあるまいし赤飯ってねえ」とひどいセクハラ発言するシャルは今すぐ黙るべき。
120113

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