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幻影旅団のみんなと初めて会ってから1か月近く経ったが、念修行は一向に上手くいっていない。シャルにねちねち嫌味を言われながらも地道に頑張るわたしを誰か褒めて欲しい。わたし褒められて伸びる子。


「名前、ちょっとおつかい行ってきてくれる?」

近所のコンビニでマヨネーズ、と言ったシャルは現在お昼ご飯としてツナおろしスパを作っているところだった。マヨネーズ。シャルはツナおろしスパにマヨネーズをかける派なのでそれに使うのだろう。いいよ、と返事をしたわたしがお財布の入ったバッグを持って出かけようとすると、「あ、待って。護身用にこれも」と渡されたのはナイフ。最近物騒だから、と言ったシャルはわたしが通常の攻撃が通じないことをご存じであるはずなのに。

「万が一念能力者に遭遇しないとも限らないでしょ。そういう場合に何もないよりは持ってた方がいいから」

名前の能力、攻撃手段ないんでしょ?と言われたが、別に攻撃手段がないわけじゃないのだ。念能力者がどうかは知らないが、一般人には脅威になりえるくらいの攻撃能力は唯一ではあるがちゃんと持っている。ものすごく疲れるから使わないだけなのだ。しかしそれをシャルに言う気にもならずしぶしぶバッグにナイフをしまえば満足そうな顔で頷いていた。まったくどこにナイフを隠し持つ(外見)6歳児がいるというのか。というかこれは未だに精孔が開かないわたしへのあてつけか。やや不快になりながらもマンションを出て、近所のコンビニへ向かったわたしはこれがシャルの策略であることなどには気付かなかった。ちょっと入り組んだ先にあるコンビニは「あなたとコンビに」がキャッチフレーズだ。ふんふん、と鼻歌を歌いながら歩いていた。このとき、まさかほんとにシャルが言った通り通り魔が、もっと言えば念能力者である通り魔が現れるとは思っておらずすっかり油断しきっていた。だから、突然訪れた体の浮遊感に何が起きたか分からなかった。


お嬢ちゃん、最近幻影旅団と一緒に居るだろう?ちょっとこっちに来てもらおうか。


頭にガツン、と衝撃が訪れた。これほどまでの衝撃ならば、わたしの体は電子化している筈だった。なのに電子化しないのは、彼が念使いで、纏か何かの状態で殴られたからだろう。意識がかすむ。まさかほんとにシャルの言うとおりになるとは。







麦野との実験で得た攻撃能力。それは麦野沈利の『原子崩し』の劣化版だった。『原子崩し』は電子を波と粒子のどちらでもない状態で固定し、その固定した電子(結果としてほとんど質量を持たない壁として機能する)を高速で動かし叩きつけることで圧倒的な破壊力を生むことができる。基本的に電子の操作であれば大抵のことが可能であるわたしの能力でも同じことが出来るのだが、麦野はその壁を『線』として動かし続けるのに対し、操作できる電子の量に制限があるわたしは『点』で動かす。麦野のが光線、わたしのは砲弾。もちろん麦野の方が威力が桁違いに高いのだがわたしのでも一般人を殺傷できるだけの威力はあった。




目が覚めると廃墟のようなところにいた。男は電話をかけていた。この隙に逃げられないかと全身電子化で逃げようとしたが、

「おっと」

わたしが起きたことに一早く気付いた男がそれを阻止した。全身から汗が噴き出す。この人は、幻影旅団に恨みでもある男なのだろうか。それともただの賞金首ハンターか。掴まれた手は、相手が念を使っているから電子化しない。まだ纏すらできていないわたしにとってそれは得体の知れないことで、だから体の電子化は発動しない。手は折れそうなほどに力を加えられている。このままではやられる。いや、それ以上にシャル達に迷惑がかかってしまう。下卑な笑みを浮かべる相手に、咄嗟にわたしは護身用として持たされたナイフを電子変換し、『原子崩し』としてやつに発射した。顔めがけて叩きつけたそれに、相手は一瞬ひるんだようで手を離す。念使いであるためか、思ったより効果が得られない。そこら辺にあるものを片っ端から電子に変え、『原子崩し』として撃ち込んでいく。幼児化した体に伴って落ちた体力ではどこまで持つのか。最早全身の電子化で逃げる余裕などない。相手が念使いであるなら、反射を解いてその分攻撃に回した方がいいのだろうか。分からない。今まで第1線で戦っていたことなどないのだ。恐怖で手がすくんだ。しかしいくら念使いであろうとこの攻撃が効いていることが唯一の救いか。叫び崩れ落ちる男に容赦なく『原子崩し』を降らせる。すべて頭を狙った。荒い呼吸で、何も考えず一心不乱に電子変換と発射の流れを繰り返す。『電子として借りている』状態だったナイフがナイフとして戻ってきていたがこれで、倒れた男の心臓を刺すことなどできなかった。男に近づくことすらできなかった。男は動かない。ようやくわたしは攻撃の手を休めた。疲れ果て立つことのできないわたしは、早く、早く逃げなきゃと這いずる。早くしなきゃあいつはまた立ち上がってしまう。男が動く気配は感じられない。それでもわたしは怖くて、怖くて、這いずる。早くシャルに会いたかった。
111231

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