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小さな体となってまず不便に思ったのは移動スピードだ。普段なら数歩で行ける場所に10歩かけるこの体がうらめしい。ましてや足の長いシャルナークさんと歩いてるとき、つまり今なんていうのは置いてかれないよう全力疾走に近いスピードで走る羽目になっている。少しは気を使ってくれてもいいんじゃないですかねシャルナークさん、とじと目で眺めていたら「体が小さいと不便そうだね」とこちらを向いて笑うのでこいつもしや確信犯かとシャルナークさんの性格の悪さを実感した。

「抱っこしてあげようか?」
「いいえ、遠慮します」
「いい加減敬語やめてくれていいのに」
「いいえ、遠慮します」
「……ふうん」

なんだかむかついたのでつんけんした態度を取っていたら瞬く間に視界が高くなった、というか抱きかかえられたので「ぎゃあ!」と声をあげる。満足げに笑っているシャルナークさんを恨みがましく見れば「そんな顔ばっかしてるとお仕置きしちゃうよ」とわたしの両足だけを持って逆さにするので「ぎゃあああ!ごめんなさいごめんなさい!!」と先ほどよりも大きな声で叫びながら謝ったがそれにしても簡単に謝りすぎである。わたしを抱え直したシャルナークさんは「敬語やめようね、それからシャルナークさんっていうのも」とわたしの頭を撫でながら笑顔で言った。完全に子供扱いだがその笑顔が何よりも怖かったので、文句は山のようにあったが「はあい」とそれを全部引っ込めて子供らしい笑顔で返事をするとシャルナークさん、いやシャルって呼ばないとまた逆さづりされる、シャルは満足げにうなずいた。

わたしたちはデパートにいた。わたしの服、つまり衣食住をの衣を確保しに来たわけだ。子供服売り場を探すシャルにげんなりした気持ちになる。まったく何がどうなってわたしの体は縮んでしまったのか。16歳だった体は今や6歳前後だ。あの女の能力は異界に送るだけではなかったのか。なんで身体操作までされてんだわたしは。帰ったら覚えておけよと歯をぎりぎりさせていたのだがそもそもわたし帰れるの?

「名前、子供服売り場あっちだって」
「へえ」
「何その気のない返事」
「いや、わたしいつになったら帰れるんだろうなあと」
「さあ」

それは俺には分からないよ、と言ったシャルは結構どうでもよさげだった。ひどい。

「名前はどんな服が好きなの?」
「制服が好き」
「残念ながら制服はないかな」
「じゃあワンピース」

着るのが楽だからという理由だが、なんていうか……シャルに子供服売り場って死ぬほど似合わないね。ばちりとシャルと目が合ったので曖昧に笑っておいたのだがわたしの考えていることがわかったのだろうか。頬を少しつまんだあと、「カード貸すから好きに選んできていいよ」とわたしを床に下して解放してくれた。

「たくさん買ってもいい?」
「別にいいけど俺が持てる範囲でね」
「わかった」

わたしの仕事に対する見返りなのだから遠慮せずに買ってしまおうとここに来る前に散々こき使われたことを思い出し、エスカレーターの近くにいるよというシャルに手を振って売り場を適当にうろうろする。そのあいだに気に入ったワンピースを3着ほど買い物籠に入れた。子供服って言っても今はおしゃれなのいっぱいあるなあと思いつつ昨日覚えさせられたばっかりの文字を記憶と照合させながらレギンスやら靴下やらの小物も入れていって、あ、下着もだと子供用下着売り場に行く。全て選びきる頃には籠はパンパンだったが、籠をずるずると引きずりながら歩いていたらエスカレーター付近にいたシャルが気付いたらしく「ほんとにたくさんだね」と言いながら籠を持ってくれた。こんなに買ってほんとにいいのかと思ったが今朝わたしの頭がパンクするかと思うまで情報収集させられたことは忘れてなかったため「お願いします」とカードを渡す。すたすたとレジまで会計を済ませてきたシャルに「ありがとう」と言えば「どういたしまして。こちらこそ今朝はありがとう」と言われた。ほんとどういたしましてだ。





服ついでに食材も買って家に帰ると真っ先にソファに飛び乗った。幼児の体ってほんとに疲れるなとごろごろしていると「名前そのソファ好きだよね」と冷蔵庫に食材をつめながらシャルが言う。ふかふかで寝心地のいいソファはこの家で一番のお気に入りだった。元の体ならこんなに広々使えていなかったろうからそれだけは幼児化して良かったと思うが、それだけだ。能力は大幅に制限されるし移動スピードは遅いしでああもう、とクッションに八つ当たりしていると「入れて」とコーヒーを持ってシャルがやってくる。寝転がるのを止めてシャルにスペースを作ってやる。じっとシャルがコーヒーを飲むのを眺めながら、昨日シャルが言っていたことを思い出す。シャルは一体何をしている人なのという問いに「んー……盗賊?」と返されたので思わず「ルパン?」と返したがよく考えたらルパンは盗賊じゃなくて泥棒だ。どっちもそんなに変わらないけどルパンはどこの世界でも万国共通?らしく「あれは盗賊じゃなくて泥棒でしょ」とわたしと全く同じことを言った。

「そういえば昨日盗賊だって言ってたじゃん?」
「ああ、うん」
「盗賊仲間とかいるの?」
「うん。幻影旅団っていう組織に入ってる」
「そうなんだ」
「一人捕まえるだけで100億とか貰えちゃう組織なんだけどやっぱ異界から来た君は知らないか」
「……100億の首ってことはすごいんだろうけど、そんなこと言っちゃってよかったの?」

わたしがシャルを捕まえて差し出す可能性は考えなかったのかと聞こうとしたが、わたしの能力は情報操作とか回避とかには便利だけど直接的な攻撃力は大したことないからわたしに言ったところでどうにもならないことを知っているからかと納得した。しかしシャルが言ったのは全然別の一言だった。

「いや、名前ももう共犯者だから。今朝調べてもらったことあったでしょ。あれ今度盗みに行く屋敷の情報」

ぴしりと固まったわたしに「ほんと便利な能力だよね、どんなセキュリティも関係ないもんね」と笑顔で話しかけるシャル。目の前の顔をぶん殴ってやりたいと思ったがそんなことをしたところでこの体じゃ大したダメージは与えられないだろう。歯をぎりぎりやっていたら、「新しいペット拾ったんだって言ったらその幻影旅団の団長が興味持ってさ、明日来るから」と突っ込みどころ満載のセリフを吐いた。ペットってなんだペットって。ちょっと情報盗んだだけで100億の首と共犯者なんて、と絶望感に打ちひしがれるわたしの横でシャルは特に気にした様子もなく優雅にコーヒーを飲むのだった。
111229

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