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『善法寺伊作がいかに不運かについて』
3年3組苗字名前
 私の友人には善法寺伊作という人間が居て、彼は恐ろしいほどに運が無いことで有名だ。
 彼の数ある不運のうちの一例として、1日1回は階段から落ちそうになるし、行列に並んで前の人で売り切れになるのはよくあることだし、信号には必ず全部引っ掛かるし、貸したCDが返ってきた試しはないそうだし、話し出そうとすると絶対誰かと声が被る(そして負ける)し、校庭を歩いていると必ずと言っていいほどボールが当たるし、更にはよく弁当箱をひっくり返すことが挙げられる。最初と最後は不運は関係なく本人の不注意のように思えるが、後の出来事は不運以外の何者でもない。私は昔からそんな善法寺の不運を観察してきたが、今回は私が観察してきた中でとびきり不運だった善法寺の1日を紹介しようと思う。


それは遡ること1年強、私と善法寺が2年生のときだった。2年次も同じクラスだった私と善法寺は家が近いのもあって割と仲が良かったわけだが、朝学校へ通学する途中で出会った善法寺は普段は自転車通学なのに自転車ではなく徒歩だったので、私は乗っていた自転車から降りて「自転車どうしたの?」と善法寺に向かって話しかける。すると善法寺は少し諦めたような表情で、「……朝出てくるときに見たらパンクしてて。直そうとしたんだけど直しても直しても一向に空気が入らなくてさ。詳しく調べたら7箇所も穴が空いてたから諦めて歩いて行くことにしたんだ」朝イチで起こった不運を私に教えてくださった。ははは、と自嘲気味に笑った善法寺に私も「タイヤ買い直しだね」と乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

それから数分。善法寺に合わせ、からからと自転車を引いていると 割と近くでボチャ、と音がしたので、何今の音、と隣の善法寺に尋ねようとしたら制服に盛大に鳥のフンを付けた善法寺が居て、相変わらず諦めたような表情の善法寺に私は「学校ついたら制服洗わなきゃね」と遠慮がちに言う他なかった。

その後も溝にハマる、通った道にあった水溜まりが意外と深くて制服のズボンの裾がビシャビシャになる、更に散歩中だった犬(3匹)にめちゃくちゃ吠えられるなどの不運に見舞われた後、ようやく学校に辿り着き、早速制服を洗おうと水道の蛇口を捻った途端噴水の如く四方八方に噴き出す水。

どうやらその水道は壊れていたらしく、故障中という紙が貼ってあったらしいのだが丁度風で飛んでいったらしい。それを知らない善法寺は思いっきり蛇口を捻り全身濡れ鼠になったわけで、そんな彼に最早慰める言葉も浮かばず「……ジャージ貸そうか?」と言うのが私の精一杯であった。



一人女子のジャージで授業を受ける善法寺の姿はクラスの中で浮きに浮きまくっていたが、先生も生徒も何も言わない。クラス替えをして半年、クラス全員彼の不運ぷりを目の当たりにするのには充分な時間だった。全員が全員1番前の教卓の前(くじ引きで見事引き当てた)の善法寺に暖かい視線を送る中、彼は必死に数学の教科書を探していたようだったが、結局諦めたようで 「先生教科書忘れました」と素直に申告したら丁度3回目の忘れ物だったらしく罰としてプリントを大量に出されていて(うちのクラスの担当の数学教師は忘れ物を3回すると課題を出す)、いつも以上の不運に流石に涙目の善法寺に「……手伝うよ、あんまり役に立たないかもしれないけど」とわたしは手を差し伸べずにはいられなかった。

そして不運に不運が重なり流石の善法寺ももう消耗しきった放課後、一緒に帰ろうと教室を出た直後「善法寺」と当時の担任に呼び止められる。「悪いが、これ物理室まで頼む」と言って渡したのは大量のフラスコ(ガラス製)が入った発泡スチロールの箱(重い)。断れる訳もなく、物理室に向かう善法寺に何となく私も着いて行ったのだが、隣を歩く善法寺はかなり重そうな表情をしている。「大丈夫?」と声を掛けた私に「大丈夫」と返そうとしたのだろう。しかしその声が私に届くことはなかった。


ガシャン!!!!


目の前の善法寺が突然視界から消え、ガラスの割れる音がする。恐る恐る下を見ると案の定転んでいた善法寺。腕を伸ばしていたため割れたガラスの破片が善法寺に刺さるようなことはなかったが、神様は最後まで善法寺に微笑まなかった。

その後帰宅途中にも登校のとき以上の不運が伊作を襲ったのだが、ここでは割愛することにする。

以上の出来事を踏まえた上での結論として、私が思うに、善法寺伊作は不運という名の星に生まれたのだ。善法寺の不運はもう治りようのない病気のようなもので、だから善法寺は、一生この不運と付き合っていくことを前提としてその対策を考えた方がいいと思う。
以上、善法寺伊作がいかに不運かについて。


そして朗読し終えた私は最後に「再提出」と付け加える。私が読み上げたレポート用紙の最後には、赤いペンで再提出、と書かれ続いて「身近な人ではなく、歴史上の人物で書いて下さい」と先生からのコメントが書かれていた。夏休みの歴史課題で、歴史上の人物でなんでもいいからレポートを書いて来なさいとのことで、私も善法寺もいつかは歴史上の人物になるのだからまあいいかと特に興味のある人物もいなかったので 善法寺伊作で作文を書いた結果がこれである。


書いた作文と再提出になった理由、更にはそれに対する私の思うところを 目の前にいるこの作文の題材善法寺伊作に話終えたとき、伊作が私に言ったのは「馬鹿じゃないの」の一言だった。




(これ、さも君が僕のこと心配してる風に書いてあるけどこの日の君は僕が不運起こす度に大爆笑だったよね)
111020

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