東堂とルームシェア | ナノ




大学2年の秋のことだった。一人暮らししていたアパートで火事が起きた。幸いと言って良いのかわたしが学校帰りにスーパーに買い物に行っている間の出来事であった。自宅だった筈の場所の一角が焼け焦げているのをスーパーの袋を手に提げたまま唖然と見上げる。わたしがちょっと買い物に出かけている間に一体何があったというのだろう。17時からの特売で豚肉を買って、今夜は久しぶりに一人焼肉でもしようかと思っていたら肉より先に家が焼けていたとか流石に予想出来ない。

「あ、メイちゃん!」

あまりのことに言葉を失うわたしに声をかけたのは大家さんだった。わたしがどうしてこうなったのかと尋ねる前に事情を話始めた大家さんによると、原因は一階に住む男性のタバコだそうだ。その男性の部屋が丁度わたしが住んでいた部屋の真下だったせいでわたしの部屋も大部分が燃えてしまったらしい。なんという不運。怪我人が居ないことだけが救いだと言った大家さんに頷いたが、わたしはこれからどうしたら良いのだろう。ホテルに泊まるお金も、一泊ぐらいなら出来るが毎日は出来ない。いつ補修工事が終わるかも分からない。そんな不安が顔に出ていたのか、大家さんの知り合いが経営するアパートに空きが無いか聞いて貰えることになった。場所を聞くと電車に乗れば10分程で行ける距離だったので、直接そのアパートへと向かうことにした。







「無いんですか、空き」

がっくりと項垂れるわたしに「ごめんねえ、丁度いっぱいで」と謝る大家さんの知り合いのおばちゃん。しょうがない、今日は友達を当たってこれからどうするかは明日また考えよう。おばちゃんにお礼を言って、とりあえず仲の良い一人暮らしの友人二人にLINEを送った。これでもし二人共ダメなら漫画喫茶とかかな、でもこの食料品どうしよう。
ふらふらと彷徨いながら辿り着いたのは公園で、とりあえずベンチに腰掛ける。公園のブランコで子供たちが遊ぶのを眺めながらじっと返事を待った。


ポキポキ、と言う通知音と共に携帯が震えたのは10分程経過した後だった。すぐに携帯を操作すると先ほど送ったLINEの返事が来ていた訳だが、二人揃って彼氏の家に泊まりだとか合コンだとかで宿を提供するのは難しいらしい。そうか、花金だし普通はみんな遊びに行くよね!うん、と一人納得した後がっくりと肩を落とした。
とりあえずはベンチで再びぼーっとしてみる。漫画喫茶に行くにしても今から行くと高くなるし、ぎりぎりまではこの公園で粘ることにする。豚肉その他は泣く泣く諦めることにした。勿体無いが他にどうすることも出来ないので、このような結果になってしまうことを許して欲しい。ごめんよ肉達。
もう秋なので日は既に落ちてきている。ちょっと肌寒いな、と思ってベンチの上で膝を抱えた。そのまま頭を膝に埋めると、金曜日で疲れも溜まっていたのかちょっと眠たくなってくる。女一人で公園で寝るのは危ないと分かっていつつも睡魔には抗えずに瞼が下がってくる。やっばい本気で寝そう。ちょっとだけならいいかな。いいよね。10分だけ。そう思った途端、急激な眠気にあっけなく意識を手放すのであった。







肩を揺さぶられている気がして、唸りながら顔を上げるとそこにはスーツ姿の男が居た。しかもイケメン。暗くても分かるイケメン。まさかの火事でめちゃくちゃ落ち込んだところに現れたイケメン。心潤しとこ、とじっと眺めているとイケメンだから見られることに慣れているのか、にっこりと完璧な笑顔を向けて来た。ありがとうございます、と思わず言ってしまいそうになるぐらいのアイドルスマイルだ。つられてこちらも笑顔になる。しかしわたしが笑顔を向けた途端イケメンが形の良い眉を吊り上げ急に怖い顔をした。なんでだ。そんなにわたしの笑顔が気に食わなかったのかと思っていたら「家出か知らんが年頃の女の子がこんな時間に、こんな所で寝るんじゃない」と怒られた。思わず「ごめんなさい、つい眠くなっちゃって」と謝る。

「この辺りはたまに不審者も出るし本当に危ないんだぞ」
「えっ、そうなの!?わざわざ起こしてくれてありがとうございます」
「それはいいが、家はどこだ?ここから遠いのか?」

もう11時過ぎるから親御さんも心配しているだろう、と言ったイケメンにぎょっとする。10分だけと思いながら5時間近く寝ていた自分にびっくりである。そろそろ宿を探し始めねばと、今夜は漫喫に泊まるからこの辺りにある漫喫を教えてくれたら嬉しいな、と言うとイケメンは眉をひそめる。

「何だ?本当に家出か?」
「いや、一人暮らしなんだけどね」
「一人暮らしなら自宅に帰ればいいだろう」
「……その帰りたかった自宅が本日火事で焼けてしまいまして」

友達の都合も悪くて、だから今夜は漫喫なの。いやあ、金曜日の夕方に帰ってみたら家が焼けてたとかほんとまさかだよね。
笑い混じりに説明すると「それは気の毒に」と言われたが、思い返してみると本当に気の毒だなわたし。

「お兄さんちに泊めてくれてもいいけどね」
「は?」
「いや冗談だけどさ」

試しに言ってみたらマジに取られたので慌てて付け加える。いくら何でもそこまで図々しくない。

「……今日は本当に漫喫に泊まるのか?」
「うん。ホテル泊まるお金が無くてね」

お兄さん、この辺で安い漫喫知らない?と再び尋ねてみる。しかしイケメンのお兄さんは黙り込んだまま返事をしない。漫喫のことを考えているのかと思ってじっと返事を待っていると、お兄さんの口から出てきたのは安い漫喫の名前なんかでは無かった。

「……一晩だけなら、うちに泊めてやらんこともないぞ」

右の人差し指を一本立てながらそう言ったお兄さんに、人生不幸なことばっかりじゃない、不幸なことの後には必ず救いの手が差し伸べられるのだということを知った。


140701


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