その日の東堂さんはとても疲れているようだった。いつもは帰宅してすぐにジャージに着替えるのに今日はスーツのままごろりとソファに寝転がっている。 家に帰ったらすぐに靴下は脱ぎたい派だと言っていたのにその靴下も履いたままだ。 「東堂さん、靴下脱がせていい?」 「んー……」 どっちつかずの答えである。 まあ拒否はされてないしいいかと踵まで脱がせた後つま先から引っ張る。 そのまま洗濯かごにポイと放り投げて再び東堂さんの様子を伺うが、未だソファの上でぼうっとしていた。 「仕事忙しいの?」 「ああ。繁忙期だからな」 ちょっと面倒くさいことになってな、と溜息をつきながら顔を覆った東堂さんは相当消耗していた。 今日はわたしが夕飯作ろうか?とか、お風呂入ってるよ、だとか言うことはもっとあった筈なのにわたしの口から一番最初に出てきたのはこの間ツイッターで見た本当かどうか怪しい情報に基づいた一言だった。 「おっぱい揉む?」 落ち込んでいたり疲れていたりする男性には「大丈夫?」と声を掛けるよりも「おっぱい揉む?」と言った方が元気になるという本当かよという情報であったがちょっと試してみたかったわたしは珍しく疲れている東堂さんに言ってみた。 わたしのこの手の発言には大抵「何バカなこと言ってるんだ」と返す東堂さんなので、今回も例に漏れずそうなんだろうなと思っていたのだが。 わたしの予想に反して東堂さんはゆっくりと上体を起こす。 それからじっとわたしを見て真顔でこう言った。 「……揉む」 「ど、どうぞ」 今までに無いパターンだったので一瞬どうしたらいいか分からなかった。 断られた時の対応なら今まで幾度と無く経験してきたのでしっかり用意出来た居たがまさか受け入れられるとは。東堂さん、よっぽど疲れているな。 おっぱいを揉むかと聞いたのは自分なのであまり豊満とは言えない胸を差し出すと、東堂さんはくたびれた顔でわたしを見た。 「冗談だよ」 しばらく見つめ合った末に言われた一言だがそんな真顔で言われたら分かり辛いったらない。 「珍しく乗り気だから相当疲れてんだなと思ってたよ」 「めちゃくちゃ疲れている。いや、そもそも揉むって言われても差し出すなよ」 「だって聞いたのはわたしだし」 「もし本当に揉んだらどうする気だったんだ?」 「普通に受けとめたよ」 今からでも遅く無いよ。あんまり揉んでて楽しい胸じゃ無いけど。 わたしのおっぱいで東堂さんが癒されるならどんどん使ってくれていい。 そう告げると東堂さんから返ってきたのはお決まりの「もっと自分の身体は大事にしなさい」という言葉で、ようやくいつものように東堂さんに戻ったようだ。 「疲れてる時に説教なんて良くないよ」 「誰がさせてると思ってる?」 怒った顔でじっと見つめられたので、「ハイ!」と元気よく挙手したら盛大に溜息をつかれた。 「まあそれは冗談として、今日はわたしがご飯作るからゆっくりしててよ」 「悪いな」 「気にしないでよ。服着替える?いつものジャージ洗濯済だから持ってこようか?」 「……頼んでいいか?」 「うん。あ、お風呂も入ってるけどお風呂入る?下着ごとそっちに持っていこうか?」 珍しく素直に甘えてくれる東堂さんに気を良くして色々世話を焼いていたら、「何かお母さんみたいだな」と言われてちょっとショックを受けた。そこは出来た嫁だと言って欲しいところだ。 東堂さんにはわたしの世話焼がお母さんみたいだと思われているようなので、ここで夫婦じゃないけど新婚夫婦の定番をやっておきたいと思う。 「わたし一回やりたかったことがあるんだけどいい?」 「ん?」 「お風呂にする? ごはんにする? それともわ、た、し?」 「……まずごはんを用意してから言って貰えるか」 呆れたような顔の東堂さんに、確かにお風呂とわたししか用意出来てない段階で言うのは尚早だったな、と返す言葉も無い。 でも東堂さんの発言的にごはんを用意してからもう一回聞いていいってことかな!?と確認する前に東堂さんは「風呂行ってくるぞ」とさっさとお風呂に向かってしまったので3つの選択肢のうちの1つが無くなってしまった。 とりあえずは東堂さんが上がった時の為に着替えとタオルを準備しておこうと今日の洗濯物から抜き取って東堂さんが浴室に入ったタイミングを見計らっていつもの台に置いて、代わりに今まで履いていたスラックスを回収する。 こうしてると本当に東堂さんの妻になったみたいだなあと一人でにやけてしまった。 140811 ×
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