12月24日。クリスマスイブと呼ばれ、街中がカップルで溢れ返るこの日。 わたしも東堂さんとデートに……と言いたい所だが平日の為東堂さんは普通に出勤して行ったし、冬休みに入り浮かれているわたしもこの日は朝から夕方までバイトに勤しんだ後彼氏彼女の居ない者達が集まって行われるクリスマスパーティに参加予定である。 クリスマスイブということに特に触れることも無く出かけて行った東堂さんをちょっと寂しくなりながら見送って、わたしも支度を始める。 今日は9時からなので早く家を出なければ遅刻してしまう、と慌てだした所で東堂さんから着信。 「もしもーし」 『春瀬さん、今気付いたのだがそういえば今日はクリスマスイブじゃないか』 「そうだよ」 『街にサンタクロースが居たからハッとした』 「サンタこんな朝からいるんだ! ご苦労だね〜」 東堂さんからイブの話を振られなかったのはすっかり忘れていたかららしい。正月休みに向けて確実に忙しくなっていると言っていたのできっと仕事で頭がいっぱいだったのだろう。 実は密かに告白したからそういうイベントをスルーされているのだろうかと思ってこちらからも夜ご飯要らないよ、ぐらいしか言っていなかったのだがそういうことだったのかとほっとした。 それと同時にこんなことなら一人で不貞腐れて独り身クリスマスパーティなんぞに参加表明しなければ良かったとちょっと後悔。 世間話が始まってしまいそうになったが自分が急いでいたことを思い出したので東堂さんにそろそろ家を出なければならない旨を伝える。 「ああ、悪い」と言って電話は切れたので、今日がイブだと思いだしたことを伝える為だけに電話くれたのかな、とちょっとにやける。些細なことで電話のやり取りが出来るってすごく仲が良い気がして嬉しい。 が、余韻に浸っている時間も無いので、電話をカバンの中に仕舞って駅まで競歩した。 『今日は外で食べる予定だったか?』 休憩時間に届いたメールを開くと東堂さんからだった。 東堂さんもお昼休憩だろうか、電話していいかな。 勝手に電話してマズイ状況だったら困るので「電話していい?」とメールを送るとすぐに着信で返って来た。 「もしもーし」 『今休憩か?』 「そうだよ。あと今日の夜は独り身クリスマスパーティに行くからそこでご飯食べてくる」 『そうか』 「クリスマスイブなのに一人にしてごめんねダーリン」 『誰がダーリンだ』 「なるべく早く帰るから、そうしたら一緒にクリスマス特番見よ」 電話から聞こえる声がちょっと寂しそうな気がしたのでそう言ったのに「いや、ゆっくり楽しんで来いよ」ときっぱり言われてしまい今度はこちらが寂しい。 「そんなこと言うなら本当に楽しんできちゃうんだからね」 『ああ、遅くなり過ぎないようにな』 「朝帰りしてやる」 『朝帰りは許さん』 「お父さんかよ」 心配はかけたくないので東堂さんの言う通りほどほどで切り上げて帰るつもりだがどうにもむかむかしたので「遅くなるときは呼べよ」と言った東堂さんの言葉に投げやりに返事をして通話を切った。 やだな、今日はバイトしてパーティして帰ったら東堂さんと毛布にくるまりながらクリスマススペシャルを観る予定だったのになんだかもやもやしてしまう。 きっと東堂さんは一人寂しくご飯を食べているだろうからケーキでも買って帰ろうと決めてお昼ご飯のおにぎりを頬張った。 バイト終了時刻、イブなのでバカ売れしたチキンを揚げる作業も一段落付きレジの過不足も無かった為「お先に失礼しまーす」と制服を脱いで退勤した。 今日はフライヤーでチキンばっかり揚げていたので全身が油臭い。今日に限らずバイト後はいつも油臭いけれど、今日はいつにもまして油臭い。 当初の予定の通り一度家に帰ってシャワーを浴びてからパーティに向かおうとすると見計らったようなタイミングでまた着信。東堂尽八の文字を確認して通話ボタンを押す。 「もしもーし」 『バイト終わったか?』 「終わったよ」 『お疲れ様』 「東堂さんはまだ仕事じゃないの?」 『まだ仕事だよ』 全然終わんねえ、という東堂さんの疲れに満ちた声を聞いてやっぱり今日は早めに帰ろうと決める。 東堂さんは本当に朝帰りするのか心配で電話を掛けてきたらしい。 過保護なんだからとけらけら笑うわたしに笑い事じゃない、と怒る東堂さん。 すっかりいつもの空気だ。 「朝帰りなんかしないから安心してよ」 『そうか。いや、そのさっきちょっと怒ってただろ』 「……だって東堂さんがわたしと一緒に過ごせなくても平気みたいな言い方するんだもん」 ちょっと拗ねたような声になってしまったわたしに今度は東堂さんが笑った。全然笑い事じゃない。 『俺だって少しは寂しいと思っているさ』 だけど東堂さんのその一言で全部がどうでもよくなってしまった。 東堂さんは予定があるなら自分の為に無理に早く帰ってくることは無いとは言ったが、明かりの無い家に帰ってくるのはやっぱり寂しいらしい。 『今まではそれが普通だったのに、春瀬さんと暮らし始めてからはそれが寂しくて仕方無い』 「さっきは少しって言った癖に」 『……そこは流せよ』 きっと電話の向こうで苦い顔をしているであろう東堂さんを想像してにやにやしてしまう。 わたしに対して恋愛感情なんて持っていないと分かっていてもその言葉は嬉しかった。 独り身パーティもほどほどのところで切り上げて家に帰ると明かりはまだ点いていなかった。 良かった、間に合ったと買ってきたケーキを冷蔵庫に入れてお腹を空かせて帰ってくるであろう東堂さんの為に支度を始める。 チキンはスーパーで買ってきたからは後はシチューでも作ろうか。 これなら大して時間もかからずに用意できるだろうとことこと煮込んでいる間に玄関の鍵が開く音がした。 「おかえり!」 「ああ、ただいま。もう帰って来てたのか」 「うん。東堂さん何も食べてきて無いよね?」 わたしの問いかけに外で食べる元気は無かったと答えた東堂さん。いつもより顔も疲れている。 「わたしのシチューも食べる元気無い?」 「え?」 「せっかく東堂さんの為に作ったんだけど食べないなら明日にしよっか」 「た、食べる!」 慌てたように言った東堂さんはびっくりしたような顔をしている。 わざわざ作ってくれたのかと問われたので頷くとありがとうの言葉と共にぽんぽんと頭を撫でられた。 久しぶりの東堂さんからの接触に顔が綻ぶ。 「チキンもあるよ、ケーキも」 「流石にそんなには一人じゃ食べられないかもしれんな」 「わたしも食べるから安心してよ」 「外で食べて来たんじゃないのか?」 「東堂さんとご飯食べる為にちょっとしか食べて来なかったんだから」 だからまだまだ余裕で入る。 チキンを温めてシチューをよそって机に並べるととてもクリスマスらしい食卓になった。 残念ながらシャンパンなんていう洒落た物は用意していなかったのでいつものように東堂さんは発泡酒でわたしはカルピスだ。 「では、メリークリスマース!」 コン、とグラスをぶつけ合う。 二人だけのクリスマスパーティの始まりである。 140915 ×
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