「隼人、ちょっといいか」 「ん? 何?」 帰り際に東堂に呼ばれたので何事かと振り返ると、いつもはっきり物を言う東堂が珍しくごにょごにょと喋るので近くに行って聞き返すと「今日飲みに行かないか」と酒のお誘いだった。 そんなに遠慮がちに誘わなくてもいいのにと思いながら「いいよ」と答えた新開に、東堂は「じゃあ行くか」と鞄を持って外に出るように促す。 店はお互いの最寄駅付近の昔よく行っていた居酒屋にした。 店に入る前に携帯を取り出して、「ちょっとすまん」とぽちぽちとメールを打ち始めた東堂にメールの相手が誰かを尋ねると、返って来たのは東堂の口からごくたまに発せられる同居人の女の子の名前だった。 どうやら外で食べる時は事前に連絡するルールがあるらしい。 「こんな遅い時間の連絡でも大丈夫なのか?」 「今日はもしかしたら外で食べるかもと言ってあるし春瀬さんも友達と出かけるそうだから」 大丈夫だと言った東堂に、もしかして一人ごはんが寂しくて俺を誘ったのかと思ったが口に出すのはやめておいた。 席に着いてすぐに注文した生ビールが来るまで東堂はずっとそわそわしていた。 だが乾杯を終え一通り注文も済ませたた後、東堂はこちらからどうしたのかと聞く前に自分から口を開く。 「さっきも言ってた、春瀬さんのことなのだが」 そう言って話し始めた東堂に何か進展があったのかとわくわくしながら、だがそれを顔に出すと東堂はきっと嫌な顔をするので、それは心の内に隠したまま話を聞いてやる。 「その、先日告白をされたんだ」 「急展開だなあ。返事はしたのか?」 「同じ気持ちは返せないと伝えておいた」 「もったいないな」 「好きでもないのに情けで付き合うのは、彼女に失礼だろう」 思わず呟いた一言にむっとしながら返されたのでごめんごめんと適当に謝りつつも、内心はこの急展開に少し驚いていた。 これからも共に生活していくことを考えると、今告白するのは決して賢明とは言えない判断だと思う。 もしかしてもう同居を解消するので、それで彼女は告白したのだろうか。 詳しい事情が聞きたくなって、まずはこれから先も同居を続けるのかどうかを尋ねるとまだ当分は一緒に暮らすらしい。 「……気まずくないか?」 「彼女の性格のおかげもあって今のところはそこまで気まずくは無いな。気持ちを知ってしまった以上こちらからの身体的な接触はなるべく避けるようにしているが」 「ああ、あんまり期待持たすのも良くないしな」 「そう思っているのだが、向こうから引っ付いてくることが多いからあんまり意味が無い気はするな……」 「え、尽八がフッた後も彼女からのアプローチがあるってことか?」 それ絶対気まずいだろ。東堂の発言に新開は店員が持ってきてくれたきゅうりの漬物を食べていた手を思わず止めた。東堂の陣地まで食べて進めてしまっていたが、それは見なかったことにした。 疑問に思った新開がよくよく彼の話を聞いていくと、東堂は告白を断ったもののその同居人の女の子からまだ好きでいていいかと聞かれたのでそれを受け入れ、更にアプローチを続けてもいいかというお願いも受け入れたらしい。 新開は思った。尽八、そりゃおめさんフッておいてその女の子を繋ぎ止めておく気満々じゃないかと。 情けで付き合うのは失礼だと東堂は言ったが、その気も無いのに繋ぎ止めるのもその女の子に失礼だと思う。 いや、もしかして彼女のことを好きになりかけているからそう言ったとか? 「一応聞くけど、尽八はその子と付き合う気あるのか?」 「無いからフッたのだろう?」 「でもそんな好きでいていいアプローチも続けていい、なんてその子諦めきれないだろう」 「確かにそうなのだが」 話を聞くと東堂は彼女に告白されてからようやく彼女と付き合うという選択肢があることに気付いたらしい。 「今まで妹のように思っていてそんなことは考えたことが無かったからな。その時点で気持ちを返すことは出来ないと思ったからそう伝えたが、彼女がそれでも俺を好きだと言ってくれるなら考えてみようと思ったのだよ」 考えてみるとは、彼女のことをそういう意味で好きになれるか、そういう関係でしか出来ないことが出来るかどうか考えるということだ。 そして、自分の気持ちが彼女に向くことは無いと分かったらその時点で東堂はもう一度はっきり断るつもりらしい。 はっきり断った後のことは、またその時考えるそうだ。 「で、ここからが相談なのだが」 「おお」 やっぱりこれは相談会だったのか。 現在の状況を聞いて、東堂の今後の方針も決まっているみたいだったのでただの報告会かと思っていたのだがどうやら違ったらしい。 「その、彼女からのアプローチをどの程度受け入れたらいいのかと思ってな」 「どの程度って?」 「抱き着かれたりとか、引っ付かれた時に俺はどうすればいいのかと……」 「あの子、結構攻めるなあ……」 前に一度スーパーで見かけた以外にも仕事中に彼女が一人でいるところを目撃したことはあり、化粧が濃い訳では無いがイマドキの大学生という感じだったなあと新開は思い出す。 「今まではどうしてたんだ?」 「そのまま放っておいた」 「だったら今まで通りでいいんじゃないか? あまり期待持たせるのは良くないって言ったけど、もしその気になることは無いだろうなと思ったらやんわり突き放していけばいいだろうし」 まだ考える余地があるなら、とりあえずは今まで通りの対応で良いと思う。 「そうか……」 「ん? 何か問題があるのか?」 「いや、そうでは無いが今まで本当に兄のような気持ちで見ていたからなあ」 頭を撫でたりとかそういうことが自分から出来ないのはちょっと寂しいなと思う。 そう続けた東堂に新開は目を瞬かせた。 一度フッた以上自分の気持ちが固まるまで自分から触れるのは良くないとする東堂だが、新開が見るに彼の気持ちは結構彼女に傾いていると思う。 抱き着かれた時にちょっとムラッと来たりしないの、問えば赤くなった顔で「バカ」と返された。 140816 ×
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