結局あの後、東堂さんに異性として好きになってしまったことを告げた。 東堂さんは一言「そうか、ありがとう」と言っただけだった。 先に答えは聞いていたし、特にショックは無かった。 そもそも最初は本当に冗談で言った一言だったのに、あまりにも東堂さんが困ったような顔をするのでそれが悲しくてついボロを出してしまった。 東堂さんの前で泣き顔を晒してしまったことが恥ずかしくて、「今すぐ記憶から消してよ」と言ったのに「俺が流させてしまった涙だからな、一生忘れんさ」と返されて何だその気障な台詞はと言っている内にいつもの雰囲気に戻っていた。 結局二人で買い物に行って、一緒にご飯を作って。 まるでわたしが告白したことなんて無かったようにいつもの生活に戻ったけれど(きっとわたしがそうなるように振る舞ったおかげでもある)、東堂さんからわたしに触れてくることは一切無くなった。 少し寂しかったけど当然と言えば当然だろう。 夜寝る前に、「まだ好きでいていい?」と尋ねると「好きでいるのを止める権利は俺には無いさ」と返された。 「じゃあ東堂さん好き好きってアプローチするのは?」 こうなったら開き直ってしまうのも手かもしれない。 もちろん東堂さんが嫌だと言うのなら、そんなことはせずに大人しく過ごす。 「……お手柔らかに頼む」 しかし返ってきたのは、拒否では無かった。 わたしの気持ちを受け止めると言った東堂さんは、これから先もわたしが飽きるまでずっとわたしの気持ちを受け止め続ける気らしい。 今春瀬さんに出て行かれるのは俺も少し困るからなと言った東堂さんは本当に狡い人だ。 これでは東堂さんを諦めることなんて出来ない。 なので諦められないわたしは東堂さんから気持ちが返って来る訳でも無いのに、東堂さんに好意を投げ続けることにした。 何だそれ、壁打ちかよと自分で突っ込んだ。 今日は久しぶりに人が居ないから10時まで入れないかとお願いされたバイトの日だった。 今度こそ連絡を入れるようにと念を入れられて、バイトの人達と雑談しつつも気付けばあと10時まで30分だ。 「よ、久しぶりじゃナァイ」 そろそろ深夜帯の人が来るかなと思っていたところに、今日の担当らしい荒北さんがやってきた。 そういえば今日は金曜日だったと思いつつ、まだ制服に着替える前の荒北さんはベプシをレジへ持ってくる。 ピッ、とバーコードを読み込んで金額を告げるとピッタリの小銭を差し出された。 「……何かあったァ?」 金額を打ち込んで客層ボタンを押す時にそんなことを言われてしまったので、20代男性を押すつもりが間違えて40代女性を押してしまった。 仕方無いので小銭をレジに突っ込んだ後「何で?」と尋ね返すと「何か顔が辛気臭いからよ」だって。 荒北さんは人のことをよく見ているのか勘が鋭いのかその両方なのか、人の変化に敏感だった。 その変化を口にする時もあれば、しない時もあるのだが今回は前者だった。 「恋愛相談なんだけど、荒北さん乗ってくれる?」 わたしもわたしで、今日は何だか人に聞いて欲しい気分だったので簡単に口を開いてしまう。 まさかリカより先に荒北さんに相談することになろうとは。 制服に着替えてきた荒北さんがレジの精算をする横に立って、好きな人が居るんだけどと話始める。 一緒に暮らしているなんてことは言えないので、近所に住んでいるサラリーマンのお兄さんという設定にしておいた。 昨日言うつもりなんて全く無かったのに告白してしまったこと。はっきりと断ればいいのにわたしの我儘の為に、気持ちを返すことは出来ないけれど受け止めると言ったこと。それから、これからも好きだと伝え続けていいと言われたこと。 「って言ってもどの程度アプローチしていいのか分からないじゃん?」 「つーかそもそもその男、満更でもねーんじゃねーのォ?」 「いやでも恋愛対象には見られて無いんだよなあ」 「それにしては春瀬チャンのこと繋ぎとめておく気満々じゃねーか」 「わたしと良い関係を続けていかなければならない状況にあるから、そこはしょうがないんだって。それよりわたし、どの程度アプローチしていいのかが聞きたい」 どの程度のアプローチなら引かれないのか。もう好きだとバレてしまっている以上は押せ押せでいくしかないのだがあまりに押しすぎて困らせてしまうのは嫌だ。 アプローチするという時点で困らせてしまっているのかもしれないが。 荒北さんがもし同じ状況に陥ったらと過程して考えてみてと付け加えると荒北さんは精算の手を止めて唸る。 「……まず、俺が春瀬チャンくらいの女の子とそういうことになるってのが考えられねェ」 「荒北さんいくつだっけ?」 「今年25」 「その人も25歳だよ」 「ゲェ、犯罪じゃねーか」 「みんなそう言うけど、それって60歳70歳のおじいちゃんおばあちゃんになったら全然気にならなくない?」 「まあそれはそーだけど。っていうかやっぱその男春瀬チャンに少なからず気はあると思うぜ」 荒北さん曰く、「俺ならいくら親しくしなければならないとは言ってもどうでも良いやつに好きでいることはともかくこれからもアプローチし続けていいとは言わねェ、ゼッテー言わねェ」だそうだ。 そうなのだろうか。わたし、ちょっとは期待してもいいのだろうか。 荒北さんの「ま、片思いの時と同じ感じでいーんじゃねーのォ」という一言によってわたしの相談会は幕を閉じた。 その後、激励を込めて何かジュース奢ってやるよと言った荒北さんが妙に優しいのが怖くて、素直に口に出したらめちゃくちゃ機嫌を損ねられたので大人しく謝ってカルピスを奢って貰った。 140814 ×
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